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県自然環境調査研究会員  斉藤 裕也(埼玉県小川町)



【略歴】】横浜市出身。北里大水産学部卒。環境調査の専門家として尾瀬ケ原、奥利根地域などの学術調査に参加。ヤリタナゴ保護に取り組み、ヤリタナゴ調査会会長。


稚魚の放流


◎今以上は必要ない状況



 寒くなって遠くの山々が見渡せ、河原の見通しがよくなる十二月には、伊勢崎、高崎、前橋周辺の利根川や幾つかの大きな支流には、サケが遡上(そじょう)してきて産卵する様子が見られる。二〇〇〇年ごろより利根川を遡上するサケの増加は顕著で、〇二年には千尾を超え、昨年の遡上は五千尾をさらに上回る。ところで利根大堰(おおぜき)を遡上したサケはその後どうしているのだろうか。仲間たちと調べてみると、あちこちで産卵していることが判明してきた。

 サケは中流の瀬の礫(れき)底に、直径一―二メートル、深さ五十センチ程度のすり鉢型の窪(くぼ)みを尾びれを使って掘り、そこにペアで産卵する。ここ数年は利根川中流の各地で産卵する行動と産卵床(ホッパ)が少なからず見られる。通常は産卵場にペア個体と数尾の雄がおり、二―三日かけて産卵するが、時に数十尾が産卵する集団産卵場のような光景も目にする機会がある。さらに産卵後のホッチャレ(産卵後に死亡したサケ)を見つけることも多くなった。

 このようにサケが増えたのは、県が放流するサケの産地を北海道産から福島産へと、より近い産地の系統に変えたことで回帰率が0・1%程度から1%程度へと大幅に向上したと推定されること、利根川の冬期水質が下水道の普及などによって改善され、自然産卵したサケの卵が無事に稚魚に成長する可能性が大きくなったと判断している。そして、今以上の稚魚の放流は必要ない状況だと感じている。

 産卵場の中心は利根川の支流が大きく分岐する中流部で、本流なら新上武大橋付近より五料橋付近まで(伊勢崎市)、支流では烏川や神流川、鏑川の下部までに多く確認されている。利根川本流では県庁より上流まで遡上して渋川近くで産卵する個体も毎年のように確認され、ここまでは海から二百キロもの距離がある。

 これだけの距離を遡(さかのぼ)ってサケが産卵できる川は、日本では北上川や最上川など五本の川しかない。ましてや利根川は太平洋側では南限であり、冷たい水に生息するサケにとって子孫を残していく条件は、水温の制約から遅い季節の親魚の遡上と、早い時期の稚魚の降海が必要なため、かなり限られている。

 二月下旬ごろ、冷たい水の中で礫の間から浮上して五センチほどの稚魚となり、小さな川虫を食べながら一―二週間後の三月上旬には降海していく。

 サケ稚魚が生育する北洋は、北極の氷が解けて無くなるといわれることと同様に、地球温暖化に伴って冷水域が狭まることが危惧(きぐ)されており、その結果として冷水性のサケは、良好な生育水域が縮小して個体数を減らす可能性が高いことを知っておかねばならない。利根川のサケも地球規模の環境変化の影響下にある。




(上毛新聞 2009年1月13日掲載)