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◎日本の話芸を再認識 「フィレンツェで落語をやってみませんか」 誘いを受けたのは今年の八月。二つ返事で引き受けてから、全くのボランティアとわかり愕然(がくぜん)とした。渡航費はおろか宿泊代も出ない。乗りかかった船、なんとか諸費用を捻出(ねんしゅつ)しようと奔走した結果、ミラノとローマで日本人向けの独演会が開ける運びとなった。 フィレンツェの催しは現地のイタリア人が集うジャパンフェスティバル。日本語は通じないため噺(はなし)をイタリア語に訳してもらいレッスンに励む。発音の先生はフィレンツェ出身のリカルドさん。「オーケー、ダイジョウブ」とのお墨付きを頂いたものの今ひとつ自信が持てない。そこで元大蔵省局長の藤川鉄馬氏にご相談した。氏はイタリアに関する優れた著作に贈られる「マルコポーロ賞」の受賞者である。 「ローマに着いたらサカモトさんを訪ねるといい」 サカモトさんとは、東京外国語大で教壇に立たれた後イタリアに渡り、国立ナポリ東洋大の教授を務められた坂本鉄男先生。辞書、文法書をはじめ数々の著作を世に出した第一人者である。 十一月七日に成田を発ちミラノへ。最初の口演でまずまずの評判を頂きローマに向かう。坂本先生のご自宅を訪れると奥さまの素晴しい手料理でもてなしてくださった。歓談もひと区切りしたところで、先生と差し向かいでイタリア語の一席。今年最も緊張した高座である。 「よくおぼえたね、師匠」 貴重なアドバイスを頂き深夜に坂本邸を辞する。翌日のローマ公演も大過なく務め、“芸術の都”フィレンツェに乗り込んだ。会場のストロッティ宮殿別館はあふれんばかりの大入り。 「ボンジョールノ。ミ、キアーモリュウラク」 自己紹介でクスクスッときた。悪くない。演目は「ちりとてちん」。知ったかぶりをする男に台湾名物と偽って腐った豆腐を食べさせる噺である。サシミ、サケ、トーフ…。なじみのある日本語に客席がなごんでゆく。 「チリトテチン。コノッシ(ご存じ?)」 「チェ…チェルト(もちろん!)」 ここで会場がどっと沸いた。それからはセキを切ったように笑いがはじける。引っ込みがつかなくなりイッキに豆腐をかっ込む場面のリアクションが凄(すご)かった。歓声とともに大拍手が起こったのである。さすがオペラの本場だ。初めてのイタリアン落語はブラボーな成果をあげてお開き。ローマから日本文化会館の高田和文館長ご夫妻もかけつけてくださり打ち上げは大いに盛り上がった。 それにしても拙(つたな)いイタリア語であれほどウケルとは…。 先人たちが築き上げた日本の話芸の力を再認識させられた旅であった。 (上毛新聞 2008年12月24日掲載) |