視点 オピニオン21 |
■raijinトップ ■上毛新聞ニュース |
|
|
◎思わぬ”宝物”に出合う 国際化は大賛成であり、もう少し夢を大きくして宇宙化ならもっと賛成なのだが、異国や宇宙を論じる前に、日本という国の文化を学ばなければならないし、その前に自分の住んでいる町や故郷の村を学ぶことも大切だ。 異国の文化や宇宙の神秘を探る面白さは計り知れないものがあるが、まず、身近な所から、学ぶ方法、を会得する必要がある。学校で学ぶのが一番だが、それを実地で体験するには、自分の住んでいる町の地理や歴史、環境を調べてみることから始めたい。 東京など研究者の多い都市部では新しいテーマを見つけにくいかもしれないが、学者の少ない田舎にはまだまだ未発掘のテーマがいくらでもある。目の前を流れる川を源まで探検したり、庭から見える山を登ったりするだけでも、途中に道しるべやお地蔵さんがあり、廃屋みたいなお堂があり、なにやらいわく因縁が記された説明板が立ててある。 今は観光客で賑(にぎ)わう嬬恋村の鎌原観音堂も地元民以外は語る人もいない寂れたお堂にすぎなかったが、発掘調査で脚光を浴びるようになった。 一七八三(天明三)年の浅間山噴火は、鎌原村だけの出来事ではなく、火山灰が空を覆い太陽熱を遮ったことから、天明の飢饉(ききん)やフランス革命の原因説まであり、日本史や世界史の一ページにもなっていたのである。 白根山周辺の硫黄鉱山、鉄鉱山も閉山して四十年。忘れ去られてしまったが、今なら関係者もまだ多く聞き取りもできる。硫黄や鉄という産出物の話ではなく、日本の産業構造の変遷であり、世界経済の流れそのものであったことがわかる。 百名山としてはあまりパッとしない皇海(すかい)山だが、足尾銅山の裏山としての林業集落は素晴らしく、聞き取り調査も時間的に今が限界かもしれない。 本白根山は今や植える所がないくらいコマクサでいっぱいになったが、苗を育てるまでに二十年以上の地道な試行錯誤を続けていたのは、国の研究機関や大学ではなく、干川文次さん(故人)など地元の篤志家であった。 地方史が集まって日本史をつくり、それぞれの国の歴史が世界史を構成する。見知らぬ国の民族や文化には魅力があるが、自分で調べるには身近で手の届く所がいい。 地元の人が地元のことを調べる地元学は誰でも手軽に始められ、思わぬ宝物にも出合うことがある。学問の落ち穂拾い、それが地元学である。 (上毛新聞 2008年12月22日掲載) |