視点 オピニオン21
 ■raijinトップ ■上毛新聞ニュース 
県農業法人協会長 武井 尚一(富岡市宮崎)



【略歴】高崎商高卒。脱サラし、1989年から農業に従事。98年に有限会社「武井農園」を設立、農産物のブランド化などに取り組む。富岡市認定農業者協議会長。




農業経営



◎食料の安定供給が使命



 ここ数年、農業を取り巻く状況が一変しております。一例として、これまで鉄鉱石・石油・食料等の資源の消費量が少なかった開発途上国の買い付け量が、増加していることが挙げられます。とりわけ食料は、温暖化による気候の変化がもたらす不作、穀物の食料外需要の増大などで価格が高騰し、日本経済に大きな影響を及ぼしております。

 このことはわが国の農業経営においても直接的影響のある重大な事象であり、農業者は従来の経営手法から脱却し、一層の合理化やコスト削減を進めた経営に生き残りをかけざるを得なくなってきております。現実の問題として、そのハードルを越えられない多くの経営体が廃業へと追い込まれていくことが強く懸念されております。

 政府は二○○五年三月に食料・農業・農村基本計画を策定したものの、結果として都市と農村との格差がますます広がっているのが現状です。前述のハードルを越せない経営体は農村部、しかも中山間地に多く、農村の社会構造自体に悪い影響を及ぼしております。

 中山間農業の持つ機能として、食料生産のほか、治山・治水の役割を果たす森林の維持、都市住民への癒やしの場の提供などが挙げられますが、その多くが経済的に報われることがなく疲弊していくばかりです。若者の流出による生産力の低下をはじめ、消防機能の低下、村祭りやそのほかの共同作業も中断を余儀なくされております。高齢化の進行により農地や山野は荒廃し、村全体が限界集落となっていくことは火を見るより明らかです。

 現在、前述の政府の計画に沿った政策が行われていますが、途中幾度かの見直しはあったものの、十分な効果が表れていないというのが実情です。

 天然記念物である佐渡のトキが絶滅の危機に瀕ひんした折、増殖・放鳥までにどれほどの人・物・金が投入されたのか。その結果、再びトキが空を舞うことができたということを思い返すべきです。衰退の一途をたどる中山間農業においても今ここで、より一層、省庁を横断した政策が打ち出されるべきであり、このまま放置すれば以前のトキと同じように絶滅の危機に瀕すること明らかです。

 一方で問題を抱えながらも法人化や組織化をしている農業経営体は、自己責任の原則を念頭に、経営を盤石にすべく機動的な農業を展開しています。群馬県下三百十余りの法人の農業産出額は、今や県全体の二分の一に迫る勢いです。

 警察官や自衛官は、治安維持や国の防衛を行い、国民に安全安心を与える使命をもってその任にあたっています。私たち農業者も、「国民に食料を安定的に供給する」という使命を課せられています。われわれは誰しもその使命を全うすべく日々闘っているのです。





(上毛新聞 2008年12月10日掲載)