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神経心理士 福島 和子(富士見村赤城山)



【略歴】国際基督教大大学院修了。医学博士。専門は神経心理学、神経言語学。はるな脳外科、篠塚病院に勤務。著書は『脳はおしゃべりが好き―失語症からの生還―』。



認知症(下)


◎状態を理解しケアを



 認知症になってしまったら、私たちはどうすればよいでしょうか。認知症の治療または改善には、三つの段階を考えなければなりません。まず脳の病気としての治療です。脳機能を改善する薬が出てきていますが、まだ効果は不十分です。でも世界中の研究者が認知症に効く薬を研究しています。薬を飲めば大丈夫という時代がやがて来るでしょう。

 次はその病気が引き起こす認知機能の障害をいかに改善させるかということです。このことでは簡単な計算や字を読んだり書いたりするという学習療法といわれるものがあります。脳トレなどといわれるゲームも行われています。しかし、認知症の認知機能障害の中心はものを覚える力「記銘力」です。そして、言葉を聞いて理解する力「聴覚認知」、ものを見て理解する力「視覚認知」にも障害が起きてきます。この記銘力や認知力に直接働きかけて改善させる治療法が認知治療です。この治療法は認知症の初期の段階の方にはかなり効果があります。

 なぜ認知機能の改善が必要なのでしょうか。それは認知機能の障害が、認知症の方の、不安や行動の問題を引き起こすからです。

 Fさんは六十九歳の時、認知症と診断されました。Fさんは毎日水をやって大切にしていた盆栽を次々に枯らしてしまいました。盆栽は庭いっぱいにあり、どこまで水をやったか忘れてしまったのです。また、奥さんに注意されると怒るようになりました。奥さんの言っていることがよく理解できなくなっていて、自分でもどう反応してよいか分からず怒ってしまっていたのです。

 また、家族の団欒(だんらん)の場にもいなくなりました。みんなの話していることが聞き取れず、自分はここにいてはいけないような気持ちになって部屋から出て行ってしまったのです。ですから、少しでも話が聞き取れ理解できるようになる、自分のしたことを覚えていられるようになることが心や行動の問題を解決することになるのです。

 しかし、認知症は進行し、認知機能障害も完全に回復させることは難しい病気です。

 そこで三つ目の段階は、認知症の方をいかにケアするかということです。Fさんの奥さんはFさんの怒る訳、家族の輪に入れない訳が分かって、Fさんの気持ちを受け入れ、理解できないところはFさんに分かる形で補ってあげていました。認知症は少しずつ進行していきましたが、認知治療を七年間受けながら安心して家で穏やかに暮らしていました。そして、今はデイサービスを受けながら元気に暮らしています。

 認知症治療はその方の認知機能を改善しつつ、その状態を理解しながらケアをしていくことが大事だと思います。





(上毛新聞 2008年11月12日掲載)