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◎困ったことを楽しむ力 滋賀県に草津市という街がある。関西ではこれを本県の「草津」と間違える人が多い。JR大阪駅には草津行きという電車がひっきりなしにホームに入って来るので、温泉に行きたいなぁと思っている人はついフラフラと乗ってしまうという都市伝説もあるようだ。当然そちらの草津駅にはそういった間違え組も含め、確信していた人たちが大勢問い合わせてくる。そこで気の毒に思った駅では、近くに「草津温泉」という銭湯があるので、説明した上でそちらを案内する。ちなみにこの銭湯の湯は本県の草津温泉の「湯の花入り」である。どうもこれだけだとちょっと哀(かな)しい立場の草津市である。 しかし、この草津市は東海道五十三次で栄えた歴史と文化の宿場町。私も草津宿本陣などを訪ねてみて感銘を受けた。現存する本陣では最大であるこの史跡の大福帳には、皇女和宮(かずのみや)や浅野内匠頭(たくみのかみ)など大河ドラマのように歴史上の人物の名前がずらりと並んでいる。 今、来春出版予定の「まなび」をテーマにした共著の本に向けて、これまで演奏させていただいてきた博物館や美術館のミュージアム・コンサートをテーマに原稿を書いている。博物館でのコンサートに心ひかれ、美術館での演奏に魅力を感じるのは、そこに人々が積み重ねてきた「時間と知恵」が凝縮されているからだ。博物館の収蔵品は先人たちの失敗と発見と挫折と工夫の歴史であり、美術館に展示されている作品は作家の絶望と模索と悩みと喜びの結晶である。 少々乱暴な言い方かもしれないが、困難に対して、それを乗り越えて私たちを感動させる姿へと結実したものが博物館にあり、破壊へとたどった結末が戦争であろう。原因は状況にあるのではなく「とらえ方」なのかもしれない。復讐(ふくしゅう)を「創造」へ、利己的な正義を生かされていることへの「感謝」へ変えるヒントが博物館や美術館にはある。私はいつもそこで、静かにたたずむ語り部たちの、壮絶な体験と深遠な知と生きる力へのメッセージに耳を澄ます。 草津市は同じ名前のよしみということで本県の草津町と友好交流協定を結んでいる。今、草津市の草津宿街道交流館では秋季企画展「江戸の旅~物見遊山と湯治~」というこれもまた興味深い展覧会をやっている。市役所では「有名な草津温泉と間違えて来られた方は最初がっかりされますが、こちらの歴史的な町並みを見ていただくと皆さん思わぬ観光ができたと喜んでくださいます」とのこと。 草津市観光物産協会のホームページには親切なことに「慌てん坊さんリンク」があって、本県の草津温泉への案内を載せてくれている。最初は困ったことだったかもしれないが、こちらの草津の皆さんは案外楽しんでいるのかもしれない。 (上毛新聞 2008年11月4日掲載) |