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染織家 伊丹 公子(島根県津和野町)



【略歴】岡山県出身。京都で染織作家として活躍。1999年に島根県に移り住み、2000年から津和野町の「シルク染め織り館」館長。玉村町で手織り教室を主宰。



織りと人生


◎経糸”と“緯糸”の交差


 織りを始めて三十数年になる。この間にいろいろな出会いがあり、教えられ、学ばせてもらった。作品のデザインを考えている時、この着物をどんな人が着てくれるのか、こんな人に着てもらいたいと思いながら鉛筆を走らせるが、出来上がると、いつも自分で着たいと思ってしまう。これが物づくりの至福の時であり、原点だと思う。

 というのは、まず自分の作品に惚(ほ)れ込むことができないとあまりにもむなしい物づくりとなってしまうからだ。織物は経糸(たていと)と緯糸(よこいと)が交差して模様などを織り成していく。それと同じように、人とのつながりや絆(きずな)も縦のつながり、横のつながりの点の集まりである。着物の美しい絵巻物の中に人間模様が浮き出し、作品が出来上がっていく過程で、人と人のつながりも断ちがたくなっていくような気がする。

 私は「縁(えにし)」という言葉が好きだ。人さまとの縁は大事に生きてきたつもりである。作品に対しての縁も、人との縁も途中で切ってしまうことなく、続けていくことに価値があると思う。織っている最中にはトラブルもあり、人との付き合いの中でもトラブルは付き物だ。織りも、人間関係もトラブルを修正しながら、完成、構築を目指す。逃げないでそれを達成した時の感激は大きい。

 人を育てるなどとおこがましいことは思わないが、織りをすることによって根気、忍耐、思いやり、謙虚さ、自信が養われるのも事実だ。これはすべての物づくりに通じることだと思う。

 このコーナーの二回目(二月二十六日付)に書いた知的障害のあるA子が一年半かけてやっと自分の卒業作品を完成させ、この間修了式を無事終えた。彼女らしい、やさしいデザインと色目で見事に織り上げて、当地の新聞も大きく取り上げてくれた。自分の作品を持ってにっこりと笑った彼女の顔には、自信と喜びがにじみ出ていた。

 一般の研修生に交じっての二年半。泣きたい時も、やめたい時もあったであろうが、彼女はやり遂げた。他の研修生たちはそれまで以上にやさしく接するべき人とのつながりを学び、A子は感謝を学んだと思う。

 A子はこれから同じような生を受けた子たちに彼女の学んだことを教え、彼女自身もいろんな意味で成長してくれることと思う。最後に彼女を強く抱きしめ、「おめでとう!!」と言って送り出した。

 私は常に思う。生きていく中で大事なのはまず己に勝つことではないか、と…。





(上毛新聞 2008年10月12日掲載)