視点 オピニオン21
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音楽家 松本 玲子(前橋市若宮町3丁目)



【略歴】大阪府出身。同志社大文学部卒。電子オルガン奏者として国内外で活躍。創造学園大で准教授を務める。2005年度から07年度まで県文化行政懇談会委員。



本当の「これから」


◎技術の先を見つめよう



 芸術の秋ということでこの時期はコンクールが多い。電子オルガンでも夏から行われてきた予選から全国大会へという時期になり、先月は名古屋と大阪で行われたジュニアの選考最終審査に行ってきた。どの分野もそうであるように、音楽でも子供たちのレベルの向上は目をみはるものがある。教育方法や環境など、考えうる最高のものがほぼ整った感のある日本では、一昔前であればプロとして十分通用する技術をもった子供たちがたくさん育ってきている。そしてそれは大変素晴らしいことであると同時に、新たな難しさを生み出す。

 目の前に坂があればとりあえず上ってみようと思える。しかし頂上らしきところに着いてしまったら、さて次はどうすればいいのだろうと急に不安になる。見回してみてまた別の坂が見つかることもあれば、途中で見落としてきた花に気づくこともあり、あるいは、ま、こんなものか、とサッサと下りてくるのかはそれぞれの自由だ。ただ、まだ坂の途中でウロウロしている私に、下りてきた若い人たちが「頂上も見てしまったことだし、もうやる気が起きない」と言うことがあり、それがとても残念だ。

 夢中で坂を上りきった後に必ずやってくる大きな問いかけ―自分は本当に何がしたいのか、自分には一体何ができるのかという、おだやかだが果てしのない自問の海に投げ出されたとき、途方にくれるのか、それとも方角を定めて船を進めるのか、いっそ船から降りてしまうのかを決めるのは自分でしかない。

 そんな時にこそいろいろな経験が生かされるのだろうが、早くに技術の山頂に到達できると、それだけ早く道しるべのない海に投げ出されるということになる。しかも努力に対していつも結果が応えてくれるとは限らない。自分の考えを他の人が理解してくれるとも限らない。毎日が理不尽でやるせないことの連続だと感じ始めたとき、「どうせダメだろう」と思うか「ダメだから面白い」と思うかは、その後の生き方を決めてゆく。

 頑張って練習したことが発揮できた小・中学生のステージ上の笑顔は最高だが、学校と音楽の両立や友達関係で悩んだであろう高校生の演奏には、淡いながらも人生の彩りのようなものがにじみ出てくるような気がする。だから私はいつも審査員席からステージにエールを送るのだ。「あなたは私の何倍も上手に弾くことができるし、私はあなたの何倍も悩みながらも、ほら、こうやって弾き続けているでしょ。大丈夫、これからもっと面白くなるからね」

 本当に面白くなる「これから」も、人それぞれなのがまた面白いところだ。





(上毛新聞 2008年10月6日掲載)