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◎楽しい音読教えられた フランスの作家にダニエル・ペナックという人がいる。児童読み物、推理小説、エッセー、純文学と、幅広い分野で活躍する人気作家で、日本でも多くの作品が翻訳されている。一九九三年に邦訳が出た藤原書店『奔放な読書』(浜名優美ほか訳)は、最近『ペナック先生の愉快な読書法』と改題された新版が出たが、内容は変わらない。 それによるとペナックは作家になる前、高等学校(フランスでは「リセ」という)の国語つまりフランス語の教師であったが、授業はただひたすら本を読んだ。時速四十ページで週の授業が五時間、一学期で二千四百ページ、一学年で七千二百ページ! 実に千ページの本が七冊! しかも作家の経歴や作品解説は一切なし、ひたすら本文を読む。 これを読んで小学校のころを思い出した。一年生、二年生のときは習字があった。当番がヤカンの水を各人の硯(すずり)に注いで回る。先生は墨が濃くなるまでという条件で話を始める。一年のときは孫悟空が活躍する西遊記。しばらく語って「どうだ、濃くなったか」と聞かれるが、話に聞きほれて手が止まったままだから、「まァだです」と声をそろえる。結局四十五分授業は一字も書かずに終えるのが常であった。 先生はテキストを持たずに語られ、「この前はどこまで話したかな」と聞かれ、「金角大王、銀角大王がやっつけられたとこです」と答えると「わかった」と続きを語ってくれる。体育館などなかった時代だから、雨が降ると体操の時間は休み。そのときは、どういうわけか習字の先生が現れて、天下晴れてお話の時間。一年のときは西遊記、二年のときは南総里見八犬伝であった。 小学校のときの先生のお名前は、ほとんど覚えていないが、習字の高橋軍司先生だけは、黒眼鏡を掛けたその風貌(ふうぼう)や、黒い詰め襟の服装まで、はっきり覚えている。 おとなになってから心を奪われたのは、松岡享子さんのストーリーテリングである。前橋市立図書館の招きで来られたのだが、まだ木造の二階建てだったころの図書館で、幾つかの素咄(すばなし)を聞いた。 黙読した限りではどうということのない話でも、松岡さんが語りはじめると、ことばが生き生きと躍りだし、身も心も、話の世界に引きこまれてしまう。私を音読の世界に誘いこんだのは、古くは高橋先生の西遊記の思い出であり、成人してからは松岡さんの語りであった。私の音読はまだまだ未熟だが、その楽しさだけは十二分に感じている。 (上毛新聞 2008年9月24日掲載) |