視点 オピニオン21
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園芸研究家 小山 征男(高崎市引間町)


【略歴】横浜市出身。高崎市で山野草を扱う中央植物園を営み、代表取締役。全国山草業者組織「日本山草」役員。「NHK趣味の園芸」講師。著書は『山野草』など。



ぬばたまの夜空

◎星の輝きは環境の指標



君不見黄河之水天上來

奔流到海不復囘

君不見高堂明鏡悲白髪

朝如●絲暮成雪

人生得意須盡歡

莫使金◆空對月…

 李白の七言古詩「將進酒」、その初めの部分です。

 見たまえ、遥(はる)か天上より流れ落ちてくるような黄河の水を。その奔流も一旦(いったん)海に至れば、二度と戻ることはない。…人生も同じ。然しかるに得意の際には、すべからく歓楽を尽くすがよい。立派な酒樽(さかだる)を月前に飾るだけで、その美酒を飲まないなどということはしないことよ…。

 豪放な李白のこの詩は、人の心を爽快(そうかい)にしてくれます。そして、壮大な自然を想起させる第一句の「天上」は、独断的には「天の川」に思えます。

 その天の川、漢詩、漢文などでは、銀漢、天漢、雲漢、銀河、星河などと呼ばれ、「千載秋の水清く 銀漢空に冴(さ)ゆるとき…」と、旧制三高の寮歌「逍遥(しょうよう)の歌」にも歌われます。しかし、近年、秋の訪れがあっても「耿耿(こうこう)たる星河」は見えにくくなりました。

 埼玉県嵐山(らんざん)から先は田舎。そう言われているような気がする関越自動車道の照明。東京からの帰りは、渋滞を避けていつも深夜。植物が開花時間を間違えそうな、夜でも煌々(こうこう)とした都心から、一時間ほどで嵐山パーキングエリアに着きます。本線の照明はそこまでで、そこからは車のライトだけが頼りの暗闇道路。しかし、その先での休憩時に見上げる、ぬばたまの夜空の色は東京のそれとは違います。冬ならば、南天の東京上空に輝く、おおいぬ座の一等星、シリウスの青白い明滅が寒さを忘れさせてくれます。

 泊まった山小屋から、夜半に外に出てみると戸惑うことがあります。見上げる“漆黒の海”に浮かぶ光のあまりの密度に、覚えていた星や星座の位置が確認できないからです。まさしく、これが夜空。このような天の川ならば、滔滔(とうとう)と流れ下れば大黄河になりそうな気がしてきます。 

 大都市の夜空は、夜空ではありません。深夜にもかかわらず、不必要な照明が多すぎます。誰も見ていない時間帯の広告塔に、どれほどの効果が期待できるのでしょうか。実際に走ってみて、高速道路上の照明も特に必要とも思えません。電力の節減は、取りも直さず地球温暖化防止の一助にもなります。

 「月見る月はこの月の月」と称(たた)えられる、今年の中秋の名月、十五夜は今月十四日。そして、晴天確率の高い季秋(きしゅう)の後(のち)の月、十三夜は来月十一日。金樽は無理ですが、一升瓶でも供えて月に対しましょうか。時には秋の二夜の月をゆったりと愛(め)でたいものです。そして、願わくは、月の遥か彼方(かなた)、あの銀漢の煌(きら)めきが、一日も早く夜空に戻らんことを。

(編注:●は「青」の「月」が「円」、◆は「樽」の「木」が「缶」)


(上毛新聞 2008年9月7掲載)