視点 オピニオン21 |
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◎ピンチの時こそ現れる オリンピックも終わり、暑い夏の熱い戦いに心躍った方も多いだろう。トップアスリートの妙技に感嘆すると同時に、本番で実力を出すことの難しさを痛感した場面も多かった。 スポーツに限らず、音楽の演奏もまた「その瞬間がすべて」の世界である。アガらずに自分が思い描いている演奏ができるか、つまりオリンピックでのインタビューでもよく聞かれた「納得ゆく」ものかどうかだ。よく「練習が大変ですね」とねぎらいの言葉をいただくが、本音を言えば、本番で悔しい思いをしたくないからひたすら練習するだけなのだ。 ここで大切なことは本番のメニューだけではなく、少しでも関連することはどんな小さなことでもやってみること。当然、どんどんその範囲は広がってゆく。 さて本番にはハプニングがつきものだ。「こんなはずではなかった」のオンパレードが演者を緊張の極限に引きずりこみ、観客はライブならではのドキドキ感を味わう。本当の実力はピンチの時こそ現れる。失敗しても、後で挽回(ばんかい)し、メダルにつながったシーンは記憶に新しいところだ。 これは単に切り替えが早いというだけではなく、表に出ている部分を支える土台がしっかりしており、またその裾野(すその)が充実しているからにほかならない。下が堅固なピラミッドは頂上で何かあっても崩れない。一見何の関係もなさそうな事も含めて、どれだけの裾野をもっているかが手痛いハプニングを成功に転じさせる鍵だ。 優れた演奏者とごいっしょすると、ヒヤリとした場面を転じてスゴイに変え、時にはリハーサルよりも良い結果を出すのでサスガ!と感嘆する。 最近調べたいことがあって、県立の自然史博物館と歴史博物館に専門誌の閲覧をお願いした。両館とも快く応じてくださったのだが、その資料室は質素ながらも多量の資料がきちんと手を尽くした状態で保管されていた。利用される機会のない資料もあるかもしれないが、しかしそれらは淡々と「しかるべき時のために」保存されている。この凛(りん)とした、たたずまいこそが、本県の文化の底力なのだろう。 街の豊かさはビルの数や大きさではなくハコの中に何が入っているかで決まり、その実力は危機に直面したときに発揮される。本番で起こるのは奇跡ではなく、コツコツを積み上げた必然なのかもしれない。そして目に見えなくても粛々と懸命に築いているひたむきさの気配に、思わず女神が振り返るのだろう。 (上毛新聞 2008年9月4掲載) |