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◎お茶と御歯黒の古里 国際線の飛行機に乗るとやがて、スチュワーデスが回ってきて「ティー・オア・コーフィー?」と聞かれる。今やお茶は、世界の飲み物を二分するほど、広く世界に知れ渡っている。 中国・雲南省の南西部の山々に入ると、あちこちに雑木と一緒に老茶樹が生えている。筆者が見た老茶樹は、樹齢千七百年・千五百年・千年といわれるものであり、直径五十センチ、高さ十五メートル程度の茶樹など、どの山でも見ることができる。 数千年の昔、その周辺に住む哈尼(はに)族が、山林に自生する茶葉を摘み、湯をかけて飲んだ時から、世界のお茶が始まった。やがて南下した漢族がそれを学び、アジアをはじめヨーロッパにまで伝わっていく。 哈尼族の人口は、二○○○年の人口調査によれば、百四十四万人である。大部分が雲南省南部(ラオス)から西部(ミャンマー)にかけての国境地帯の山岳地に居住している。この地域は温和な気候で、数え切れないほど重なった見事な棚田が広がっている。 特に哈尼族は、茶樹を民族の「神木」として崇(あが)めており、彼らの生産する普●(プアール)茶は、肉体に付いた余分な脂肪分を除く成分を多く含んでいるということで、薬用にも用いられており、内外にその名を知られている。 ところで、古くて大きな老茶樹からどのようにして茶葉を摘み取るのであろうか。茶葉の多くは枝の先端にあり、梯子(はしご)を使うなどしても、ほとんど摘み取ることはできない。そこで、哈尼族の人々は猿を使って茶摘みをしている。訓練された猿は、淡い緑の葉だけを摘み取り、下に落とす。人間は、茶樹の下にゴザを敷いておき、箒(ほうき)で掃き集めるだけなのである。 哈尼族について、もうひとつ紹介しておこう。哈尼族首領の家を訪ねた時のこと。にこやかに出迎えてくれた夫人の口元を見ると、真っ黒な歯をしているではないか。異様に思えたので聞いてみると、日本でもその昔みられた「御歯黒」であった。彼女は結婚した十八歳の時、初めて歯を黒く染めたという。 哈尼族語で御歯黒のことを「ミノ」と発音し、漢字で書いてもらったら「柴▲」と記した。椎(しい)の実を噛(か)んでいると、歯の表面が黒く染まるのだという。 『魏志倭人伝』によれば、「黒歯国東海中にあり」と記し、また『古事記』によれば、当時既婚女性が行った御歯黒は椎や菱(ひし)の実で歯を染めていた、と考えられる記述がある。 世界の稲作発祥地といわれる雲南省の南西秘境地を訪ねて、二千年に及ぶ老茶樹や御歯黒の既婚女性を現実に目にすることができた。今、静かに振り返ってみると夢の中で、稲作が伝えられたころの、原始時代の日本を現実に見たような気がしている。 編注:●は" alt = "サンズイに耳" 編注:▲は"月ヘンに交" (上毛新聞 2008年8月13掲載) |