視点 オピニオン21
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山の塾・中村ネイチャーハウス主宰 中村 進(富士見村赤城山)

【略歴】 前橋市出身。日本大写真学科卒。ディレクター・カメラマンとしてテレビドキュメンタリー制作に30年以上携わる。北極点、南極点に到達。チョモランマ頂上から史上初の衛星生中継。

聖火リレー

◎聖なる山で神が出会う

 中国チベット自治区ラサで発生したデモ、暴動、そして鎮圧。その余波は世界各地で北京オリンピックの聖火リレーの妨害という形で表れたが、その妨害行為にはどこか歪(ゆが)んだ印象を持った。

 聖火がリレーされるようになったのは一九三六年のベルリンオリンピックからといわれるが、現代では道を走るだけでなく馬やラクダ、カヌー、さらに海に潜るなどさまざまな形でリレーを盛り上げている。

 特に、今回は大掛かりなもので、中国は世界最高峰チョモランマの山頂まで聖火をリレーし、かつその模様をテレビ衛星生中継するという。

 ところで、チョモランマとはチベット語で「国の母なる女神」という意味で、英国がエベレストと命名するより二百年以上も昔からチベットで使われていた本来の山名である(エベレストはインド測量局の長官だったジョージ・エベレスト氏の名字)。

 さて、日中平和友好条約が批准された翌年の一九七九年秋、日本山岳会チョモランマ偵察隊が日本の登山史上初めて中国チベットに入った。その一員として参加した私は、聖都ラサ誕生とともに千三百年の歴史を持つ古寺ジョカンと、チベット王に嫁いだ唐の王女が持参した黄金の釈迦牟尼(しゃかむに)を礼拝した。そのジョカン寺の前には「唐蕃(とうばん)会盟碑」が千二百年の時を経て今も立つ。「唐」の漢族と「蕃」のチベット族との永久の友情が刻まれた平和条約の石碑だ。私は両国の長い歴史をそこに見た。

 その後、チョモランマに向かった私たちはノースコル(七〇二八メートル)へのルート偵察を開始した。しかし、六八〇〇メートル付近の斜面を横断し始めた時、突然、上方の斜面が崩れ、ナダレが発生、勢いを増したナダレは先頭を登っていた三人の中国登山家をのみ込んだ。ヒマラヤにすむ神々は新しい神に勇者を好むといわれるが、彼らはチョモランマの神に召されたのかもしれない。

 それから九年後の五月五日、国の母なる女神の頂に立った私は史上初となったテレビ衛星生中継を行ったが、そこで山の神になった三人と出会ったような気がした。そして、心のすべてが洗い流されたようだった。

 標高八八四八メートル、チョモランマ山頂、チベットでは天から神が降り立つ場所である。まもなく漢族、チベット族の登山家たちによってその頂まで聖火がリレーされようとしているが、その聖火は西洋の神の火だ。つまり西洋の神が聖なる山の頂で東洋の神と友好の出会いをすることになる。どうだろう、そんな宇宙観をもって世界の平和を願い、チョモランマ聖火リレーを静かに見守ってみたら。






(上毛新聞 2008年4月24日掲載)