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県空手道連盟常任理事 中村 武志(太田市安養寺町)

【略歴】 群馬大教育学部卒。空手道の県連盟常任理事、県中学校連盟理事長、全国中学校連盟事務局次長。太田綿打中教諭で、同校空手道同好会顧問を務める。

1人で戦う

◎養われるたくましい心

 「丈夫になってほしい」「心たくましく成長してほしい」。保護者の願いに後押しされ、子供たちが入門してくる。空手道は、四肢を駆使するスポーツなので、身体は鍛えられるだろうが、たくましい心が育(はぐく)まれるのはなぜだろうか。

 空手道には、「形」と「組手」のふたつの体系がある。空手道の起源は、琉球で受け継がれた武術にある。それは、命懸けの戦いの技術であり、実戦以外で試すことはできない。そこで、技の流れや極めのポイントを一人で稽古(けいこ)できるように形が創(つく)られた。接近戦や武器への対処等を想定した数十種の形が今に受け継がれている。組手は、突きや蹴(け)りの技術と威力で、相手を倒せるかを試す「試合」である。現在は、接触せずに技を極めてポイントを取り合う安全なルールがあるので、子供でも取り組める。

 日本の伝統文化は、形の美しさを表現するものが多い。武道でも、能や歌舞伎でも、形を身につけるには、忍耐強く稽古を重ねるしかない。空手道の形も、まさに繰り返し繰り返し稽古することで磨かれて自分の技になる。ややもすれば単調で苦しい形の稽古を黙々とこなして技を身につける時、高い集中力と身体的苦痛や精神的重圧に耐えるたくましい心が養われる。

 一方、組手では相手と戦うという、日常では起こり得ない非常事態を経験する。持てる技と知恵、すべての能力を動員して立ち向かう時、ここでもたくましい心が養われるであろう。また、格闘技では、相手が強いかどうかは組んだ瞬間にわかる。向かい合っただけでもわかる。理屈抜きに強い相手がいることを知るのである。その時、自分の弱さを認める謙虚さと同時に、相手の強さを認め、敬う気持ちが生じる。

 大学時代、ラグビーの試合を見て、怖くはないかと尋ねたことがあった。空手経験者の彼は空手の方が怖いという。ラグビーには十五人の仲間がいる安心感があるが、空手は、自分だけを狙って攻め込んでくる相手に、一人で立ち向かう。これほど怖いものはないというのだ。

 いま、子供たちが成長する環境の中では、家庭も学校も、一人で解決するより、みんなに相談し、話し合い、協力して解決することを教える。このことは人間にとって、欠くことのできない重要なスキルである。しかし、同時に自分自身で解決する力を養うことも重要であるはずだ。そして、その力は一人で実際に困難と向き合った時に養われるものではないだろうか。困難を克服した経験は、人を優しくするし、合わせた力は倍加するはずである。

 緊張に顔を赤らめた子供が、自分一人でコートに立つ時、すばらしい経験がそこに待っている。空手道には、日々の稽古にも、形にも組手にも、一人で戦う場が準備されている。






(上毛新聞 2008年4月5日掲載)