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群馬森林管理署署長 中岡 茂(前橋市岩神町4丁目)

【略歴】 東京教育大(現筑波大)農学部林学科卒。林野庁に入り、東北森林管理局計画部長、独立行政法人森林総合研究所研究管理科長を経て、2007年10月から現職。

ヒノキのたくらみ

◎樹木の個性を知ろう

 今を去る三十数年前、私は高知県の四万十川流域で国有林の森林官をしていた。森林官を欧米ではフォレスターと呼び、人気の職業らしいが、日本ではさほどではない。国土の三分の二が森林なのに、国民の森林に対する関心がいまいちな証しであろう。おかげでぼんくらの私でも森林官になることができたのだが、幸い強力な助っ人が付いていた。百戦錬磨の技術指導員で、現場の人たちからは頭領と尊称で呼ばれていた。ちなみに森林官は林区(りんく)さんと呼ばれていた。インターネットのリンクではない。

 その頭領が石ころだらけでガラガラの急斜面に客土して、ヒノキの苗木を植えさせた。作業員は面倒なので嫌がったが、頭領は「ヒノキはこういうところに根付くと成長がいいのだ」と自説をまげない。その時は半信半疑だったが、その後、四国山地のまっただ中のある崩壊地で、崩れ落ち堆積した岩石の上に素性のよい天然ヒノキが林立しているのを見て、やっぱり頭領は間違っていなかったと感心した。そのヒノキは岩石にまたがって根をおろしていた。普通に考えれば、どんな樹木でも深くて肥沃(ひよく)な土壌を好むと思ってしまうが、植物は種によって好みが異なる。

 林学に適地適木という言葉があって、「尾根にマツ、中程ヒノキ、沢にスギ」、これさえ覚えれば造林学はマスターしたようなものだと教授が教えてくれた。実に無責任な教えだが、沢から尾根に登るに従って、土壌が浅く水分が少なくなっていくので、その条件に適した樹種を植えなさいという意味だ。ヒノキは割合水はけのよい土地を好み、岩石上はその典型なのである。

 ヒノキの人工林は、成長して隣り合う木と枝葉が接触するようになると、日光を遮り、地表面が暗くなる。すると下草や低木は生えず、腐葉土の乏しい土壌になり、ヒノキの根元は空(くう)をつかんだように根上がりする。この場面は、無間伐林の悪い例としてしばしば登場するが、ヒノキの性格からすると、むしろ好もしい状態ともいえる。林地を自分に都合のよい環境に変えてしまう…、これにはヒノキの深いたくらみが隠されているのかもしれない。

 この先、ヒノキ林の仕立て方は分かれる。教科書どおり間伐をしてやると、林地が明るくなり、低木や下草が育つ。生物の多様性と林地の保全に有益とされ、ヒノキの直径成長がよくなり、見ていて気持ちのよい林になる。

 対照的にそのまま放置すると、林内は暗いままであるが、自然淘汰(とうた)によって立木の本数はそれなりに減少し、年輪の目の詰まった良質の木材ができる。低木や下草は少ないが、本数が多いので林地の保全上、前者に極端に劣るとは思えない。前述した天然ヒノキ林などはこの成長過程をたどっているはずである。

 ヒノキに限らず樹木の個性はさまざまであるが、それぞれの個性をうまく引き出した山づくりができれば、地球環境と人間の未来に一つの光がさすと思う。






(上毛新聞 2008年3月26日掲載)