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◎養っておきたい直感力 米国で生まれたスノーボードが日本に上陸して三十年以上になるが、初めのころはスキー場で厄介者扱いされていたようだ。しかしながら、現在ではスキー場に来る七割がスノーボーダーだという。そして、その主役は若い男女たちだ。 もともと深い雪山の斜面を滑り下りるスノーサーフィンとして発展した性格を持つためか、上達したスノーボーダーたちは誰も滑っていない新雪の斜面に誘われる。そんな誘惑に負けたのか、ある大学生たちを引率していた講師が立ち入り禁止のロープをくぐって斜面に入った。人間たちの刺激は斜面に留(とど)まっていた雪のバランスを崩した。雪はナダレとなり、二人の若い女性の命をのみ込んだ。なんとも痛ましい事故である。 一九九一年秋、日中合同登山隊が中国チベットの未踏峰ナムチャバルワに挑んだ。この登山で将来を期待されていたクライマーがナダレに遭遇、自然は屈強な体力を誇る若者の命をあっけなく奪った。そして、登山は不成功に終わった。 翌年、再挑戦した登山隊に報道隊員として参加した私は、キャンプ4に向かう途中でその岳友をさらった斜面の下に立った。多量の雪が積もった斜面を見上げた私は「ム…」と、足が止まった。直感的にナダレの危険を感じたからだ。と同時に「どうして」と、トップでその斜面に突っ込んでいった若きクライマーの自信と勇気を悔やんだ。 山の斜面に積もった雪は地球の重力によって常に下に落ちようとしている。しかし、斜面との摩擦や雪と雪の結合、さらに樹木や地形によって斜面に留まっている。しかし、そのバランスが崩れ、重力が勝ればナダレはどこでも、いつでも発生する。このナダレを避けるには発生の原理を知ることも大切だが、最終的なものは人間側の判断、それも長い経験に裏打ちされたもの、すなわち「直感力」が大事となろう。 かつて、あるベテランの登山家が「今夜はここで泊まり、明日下りなさい」と、チョモランマの七〇〇〇メートルのキャンプから下ろうとする私を強く引き止めてくれたことがあった。翌朝、六五〇〇メートルのキャンプに下り、天井が大きく裂けた自分のテントを見た私は「ああ、もし昨日下っていたら」と、呆然(ぼうぜん)とその場に立ち尽くした。その日の未明、近くの岸壁から落ちてきた一抱えもある岩が私のテントを直撃、荷物を粉々に砕いていたのだ。「今夜はここで泊まれ」と引き止めてくれたベテランの「直感」が私の一命を救ってくれたのだった。 スノーボーダーをのみ込んだナダレに限らず、私たちは地震や大雨、強風など日常の危険からも身を守らねばならないが、大自然の力の前に人間は何一つ勝るものを持っていないし、自然は常に変化して生まれ変わっている。だから、私たちも常に五感を磨き、直感力を養っておきたいものである。 (上毛新聞 2008年3月25日掲載) |