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◎生き直させたかった 忘れられない出会いというものがある。 私は子供のころから病弱で入退院をくり返してきた。そんな生活の中、二十六歳くらいのころだった。いつも行く大学病院の外来で出会った小学三年生の男の子がいた。高橋くんといった。色の白い、少し神経質で利口そうなかわいい子だった。 初めて会ったのは外来の長椅子(いす)の端っこに私が座っていた時だった。男の子はいきなり私の前へ立ってじっと見つめるのだ。ほっぺを少し不満そうに膨らませて、座る所がないので怒っているのかと思って困ったが、同じ長椅子の反対の端が空いた。彼が座ったので安心したら、今度は間の三人越しにドンドンとぶつかってくるのだ。変な子だなあと思った。その後何度か外来で会い、どうやら私と話がしたかっただけのことらしく、すっかり仲良しになった。暫(しばら)くして私は内科に入院してしまった。彼はいつも膝(ひざ)が腫れて痛そうだった。 入院して大分たった時、いきなり小児科の先生が高橋くんの手を引いて病室に入ってきた。聞くと彼も私と前後して小児科に入院していて、その日が退院とのことだった。入院中、私に会いたいと言っていたそうで、田舎に帰る前に連れてきてくれたのだった。少ししたら両親が迎えにくるから小児科の病室に送っていってほしいと、彼を残して帰った。 急なことなので何もなく私の持っていたハンカチを渡したら、真っ赤になって大切そうにポケットにしまった。高橋くんと手をつなぎ、手を振り回し賑(にぎ)やかに病室に着くと、暗い個室だった。入り口で握っていた手を離し、高橋くんは一歩先に入り「どうぞ」と振り向いた。 私は驚いた。逆光のシルエットは三年生の小さな子供。が、何故(なぜ)かそこに居るのは青年なのだ。そのまま彼は北の窓辺で私の方に振り向くと手を後ろに組んで窓によりかかった。私を見つめている。たしかに子供なのに、大人の男の人。私はドキドキと恥ずかしく「そこに掛けてください」と言われるまま椅子に掛けた。何かを聞かれ、何か返事をした。こんなに真っすぐに男の人に愛されることはないと直感した。胸がつまり、眩暈(めまい)がした。 突然ドアが開き、両親が入ってきた。部屋は明るさを取り戻し、窓辺には恥ずかしそうに俯(うつ)むいた小学三年生の男の子がいた。私は不思議な時間に戸惑い「おめでとうございます」と言っただけだった。両親は困ったような顔をして何も言わず高橋くんの手をひいて行ってしまった。彼は振り返り、ポケットのハンカチをもっと奧に押し込んだ。 その後ずいぶんたってから、彼がその時小児がんの末期であり、一カ月ほどたって亡くなったことを知った。あの不思議な時間に一生を駆け抜けたのだと思った。その後私に子供ができたと分かった時、男の子だと確信した。三年生から先の人生を、息子と一緒に生き直させたかった。三年生が無事済むまでは、息子と一緒にまたいなくなるのではないかと心配だった。 高橋くんのこと、一度は話したかった。 (上毛新聞 2008年3月17日掲載) |