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障害福祉サービス事業所ぐんぐん所長 山口 久美(高崎市石原町)

【略歴】 日本福祉大卒。約20年、知的障害者の福祉に携わる。2007年3月、高崎市内に自閉症の人たちの自立を支援するためのパン工房とカフェを開設した。

バリアフリー

◎障害のない人にも安心

 娘が二歳の秋、長野の保育園でのエピソードです。

 娘の通う保育園の、子どもたちが使う門の階段に、木製の素敵(すてき)なスロープがつきました。障害のあるおにいちゃんが入園して、とってもキュートな車椅子(いす)を使い始めたからです。

 もともと、子どもに合わせて、幅の広い小さなステップが二段だけのやさしい階段だったので、歩きだすのが早かった娘が、一歳二カ月で入園したときには、手をつないであげれば上り下りができ、嬉(うれ)しくて何度も行ったり来たりしたものでした。でも次第に、一人でひょいひょいっと上ったり下りたりできるようになっていて、私も、もうほめることもなかったし、娘も、「すごいでしょう」と振り返ることもなくなっていました。でも…。

 スロープができた最初の日、娘は、その緩やかな坂をとんとんと下りて、「いいねぇ」とにっこり振り返ったのです。それ以来、階段を使うことはありません。「ひょいひょい」と見えていたけれど、娘にとってはまだ、「階段だぞ、よいしょ」「つまずかないように気をつけてっ…」というものだったのでしょう。見ていると、三歳、四歳の子どもでさえ、そのスロープを使うときに、「安心」の表情なのです。

 もうひとつ。それまで、保育室と駐車場の間を抱っこされて行き来していた小さな子どもたちでしたが、送り迎えのおかあさんや、おばあちゃん、おとうさん、おじいちゃんと手をつないで、「じょうず、じょうず」と歩く姿が見られるようになりました。

 子どもたちは嬉しそうです。私たち大人も、小さなスロープから、知らず知らずに心のゆとり、安心をもらっていたようです。

 おにいちゃんの、キュートな車椅子がきて、小さな笑顔がちょっぴり増えた保育園の秋でした。

 バリアフリーは、障害のある人たちが社会で生活しようとしたときに、文字通り「障害=バリアー」になるものをなくして、ハンディキャップ(社会的不利と訳されます。社会が障害のある人に与える不利益という意味です)をなくそうというものです。

 障害のある人たちのために考えられたものなのですが、実は、そのバリアフリーは、世の中の多くの人にとっても、便利だったり、安心だったり、楽だったりするものなのです。

 街で、家で、学校で、職場で…、障害のある人たちのためのバリアフリーを探してみてください。案外身近に、知らず知らず使っている配慮や工夫や支援があるかもしれません。

 障害のある人もない人も、みんなが共に生きる街をつくるには、ひとりひとりが、普段無意識に見過ごしていることを、意識することから始まる、と思っています。






(上毛新聞 2008年2月20日掲載)