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◎環境破壊と心の荒廃 一九七○年、世界の賢人が集まり、ローマクラブが結成された。急速に進む天然資源の枯渇化、公害による環境汚染の進行、発展途上国における爆発的な人口増加、軍事技術による大規模な破壊力の脅威など、人類が危機に直面していることに鑑(かんが)み、七二年、「成長の限界」というリポートを公表した。 これに呼応するかのように国連がスウェーデンのストックホルムで「国連人間環境会議」を開催。以来、環境問題が世界の関心事となり、真剣に取り組み始めた。 九七年、京都で開催された気候変動枠組条約締約国会議において、主要国が温室効果ガス削減目標を定めた「京都議定書」に基づき、わが国は国を挙げてその対策に取り組んできた。 しかしながら、十八世紀後半の産業革命によって大量生産、大量消費、大量廃棄の社会に慣らされた人間にとって、地球温暖化防止をはじめ、環境修復作業を継続的に実践していくことは容易なことではない。 近年、親殺し、子殺しなど親族間の殺傷事件がマスコミを賑(にぎ)わしている。 なぜ、こんな社会になってしまったのだろうか。 戦前生まれで、戦中戦後を生きてきた私たちの年代にはとてもとても想像だにできない。 私たちの子ども時代、親に注意されたり、せっかんされたり、叩(たた)かれたりもしたが、親に暴力を振るったり、刃物を持って殺傷ざたを起こすようなことはなかった。 なぜなら、親に暴言を吐いたり、刃物を持って立ち向かうことなど社会的に許される時代ではなかったからだ。 一方、親にとって子どもは「大事な宝物を授かった」と喜んだものだ。 そして、社会に有用な人間に育ってほしいと一生懸命育てた。 ところが、近年、親の都合で子どもをいとも簡単に殺傷してしまう事件が後を絶たない。 何故こんな時代になってしまったのだろうか。 戦後六十余年。米国流の自由主義がゆがんで導入され、公序良俗、倫理および哲学など人間の内面を育(はぐく)むことがおろそかになったのではなかろうか。 以上のように、地球上に生きる何百万、あるいはそれ以上とも推定される「種」の中の一種でもある人間が、「人間は万物の霊長」などと驕(おご)る心が自然を破壊し、人とともに生きる「共生の心」を蝕(むしば)んできた。 人間は、自然な恵みの恩恵に浴し、今在る自分が、何代にもわたる祖先、そして親によって育まれてきたことを肝に銘じるべきだ。 そうすれば、人の道に外れた自分勝手な行動は慎むであろう。 人間社会に有用な自然を再生し、祖先を敬い、親を敬愛するような営みを心してほしい。そうしなければ、人類は破滅への道を歩んでいくことになるであろう。心配だ! (上毛新聞 2008年2月9日掲載) |