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◎アートを楽しむ環境 昨年の暮れ、私はなんとか締め切りに絵を間に合わせ、ほっとした途端、大風邪に見舞われてしまった。気付けば世の中は新しい年を迎えていたし、私のイメージの世界に住む「もう一人の私」も私の創作にアイデアを出し尽くして、とっくに充電の旅に出たあとだった。私はますます空気の抜けた風船みたいに萎(な)えてしまったが、彼女がいないこの間に家の片付けやら山積みされた現実的な事々をすることになっていた。案の定、郵便物には早速、カード会社の請求書だ。と思いきや、それは私宛(あて)に届いた一通の手紙だった。話はいきなりこう始まった。 「先日、雪の残るベルリンであなたを見かけました」。私はワクワクした。 「世界は狭いものですね。あなたと再会できた『ブランデンブルク門』には僕は前の日に行く予定でした。まったく奇遇です。でも一瞬のうちに見失ってしまって声を掛けそびれてしまったのです。あなたはスケッチ旅行という風情でもなかったし、きっと夫君の演奏ツアーに同行されたのでしょう。今年は大作曲家オリヴィエ・メシアン生誕百年ですからね。トゥーランガリラ交響曲のオンド・マルトノのソリストとして、各地で演奏されるのでしょうね。 そういえば、あなたが描いたオーケストラのチラシを時々見ます。指揮者や演奏家の顔写真がアップにされたチラシが多い中、あなたのは独特ですね。東京フィルの『午後のコンサート』シリーズのプログラムもいい企画ですね。曲目解説に挿絵が付いているのは今まであるようでなかったでしょう。硬くなりがちなページがぐっと親しみやすくなりますよ。表現者側も常に工夫をして新鮮な表現方法を追求することが大事なのですね。そして日本人はもっとアートを楽しむべきです。そのためにはまずは、そういう環境をつくるべきですね。ここにいると特にそう思います。芸術は決して特別なものでなく生活の一部という感覚ですからね。 ベルリンの壁のアートは見ましたか? 崩壊のあとにどっと自由が流れ込んできた感じ、活気があってアーティストにとっても刺激的な所でしょう。本当にこんな熱い街だとは思いませんでした。僕はもう少しべルリンデカダンスを堪能するつもりです。またどこかで会いましょう。今度はゆっくり飲みながら旅の話でも語り合いたいものです」 私は薄目を開けて肩をすくめた。この封筒の中身がこんな内容だったらな、と透視でもするかのようにかざした手を払って封を切れば、なんだ、やっぱり「カードのご利用明細」と書いてある。あぁ、私は溜(た)め息と咳(せき)をしながら引き落とし金額をながめた。そして、これは心の旅路の代金だ、そう思うことにした。 こうして郵便受けにさえ、小さな夢を探して今日もまた、幸せごっこをするのである。 「想像力は大いに活用するべきね。それは皆に与えられた無償の産物なのだから」。ベルリンから帰った「もう一人の私」が、そう私に言った。 (上毛新聞 2008年2月8日掲載) |