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東京芸術大美術学部彫刻科教授 深井 隆(東京都板橋区)

【略歴】 高崎市出身。東京芸術大美術学部卒、同大大学院修了。1989年、平櫛田中賞受賞。2005年から現職。翼が付いたいすをはじめ、木彫を得意とする。

美術館へ行こう

◎心に種が蒔かれます

 私は彫刻家であり、東京芸術大学で学生の指導をしている者として、美術全般について何回か意見を述べさせてもらおうと思っています。今回は生活に美術を、というテーマで話を進めてみたいと思います。

 さて、皆さんは最近、美術館や博物館での展覧会をご覧になりましたか? 群馬県には高崎と館林に立派な県立の美術館があります。そのほかにもたくさんの美術館、画廊があり、多くの展覧会が開催されています。新聞には時々その案内や紹介が記事になっていますが、年に一度や二度はぜひ美術展に足をお運びになってもらいたいと思うのです。

 展覧会場を見ていますと、まず目に付くのが中高年の女性の方々です。この人たちの熱心さには圧倒されます。続いて大学生くらいの若い人たちです(この人たちの多くは、美術学生のような気がします)。そして、若い女性やお年を召された方々と続きます。

 しかし、そこに欠けているのは三十代、四十代、五十代の男性たちです。社会の第一線で働き、これからの日本を背負っていく方たちです。彼らの生活に美術という世界がなさ過ぎると思うのです。

 欧米では第一線の人々の会話の中に美術や音楽など芸術の話題が多いと聞きます。事実、私の少ない経験でもそれを実感しています。サッカー、野球などのスポーツのこと、テレビなどの話もよいのですが、それだけではその人の世界観が理解されず、話題も乏しくなりがちです。しかし、美術の体験(見ること、不思議に思うこと、奇麗だと感じること、怖いと思うことなど)は心に広がりや奥深さを与えてくれるものだと思います。

 少し前に、IT(情報技術)関連の株で一財産を築いた人たちのことが話題になりましたが、お金だけ、仕事だけの生活は、いつしか閉塞(へいそく)感やイライラ感で、自分や周りの世界を囲んでいくことと思います。そのすべてが美術を楽しむことで解決するとは思いませんが、少しは違ってくるのです。

 よく「何を見たらよいか?」といった質問を受けます。何でもよいのです。私は昔から古い焼き物が好きで、よく骨董(こっとう)市に出かけて見ていました。そのうちに「あれが好き」「これは好きではない」など自分の好みがはっきり見えてきました。足を運ぶことで自分の審美眼が出てくるものだと思うのです。まずはゴッホや印象派の絵画からでもよいのです。「昔、学校の教科書で見たよ」と言わず、本物を前にして見てください。それぞれの人がそれぞれに何かを感じるはずです。

 そうなれば美術作品の背景にある歴史のいろいろなことや、社会との関連を調べることもあるでしょう。人間の強さ、弱さもそこには潜んでいると思います。展覧会を見ていくうちに、心にたくさんの種がいっぱい蒔まかれ、何かが生まれてくるはずです。

 とにかく、まずは美術館へ行きましょう。






(上毛新聞 2007年12月19日掲載)