視点 オピニオン21
 ■raijinトップ ■上毛新聞ニュース 
映画字幕翻訳家 伊原 奈津子(千葉県八街市)

【略歴】 東京都出身。館林女子高卒。米ジョージア州ショーターカレッジなどの大学を卒業後、帰国。ワーナー映画を経て、現職に。映画翻訳家協会会員。

「勇者たちの戦場」

◎戦争体験は人を変える

 年明け早々に公開される映画「勇者たちの戦場」の吹き替え翻訳を担当した。英語の原題は“HomeOfTheBrave”。直訳すると「勇士たちの故郷」で、その名の通り、イラク戦争に従軍し、米国に帰還した州兵たちのその後が描かれている。日本でも現在、憲法九条の下で“テロとの戦い”にどうかかわっていくかが問題になっている。「わが国の国益を第一に考えて」とか「米国との同盟関係をどうするのか」とか連日よく耳にするが、この映画を見ると“国益”が必ずしも国民の利益ではないこと、“米国”が決して一枚岩でこの戦いを推し進めているのではないことがよく分かる。

 登場人物の一人、ウィルは八カ月の派兵期間を終え帰還するのだが、従軍医師として戦地で目の当たりにした光景が頭を離れず酒浸りになり、やがては家族とともにカウンセリングを受けるようになる。このような現状は私も実際耳にしていて、留学先でルームメートだった友人の兄はベトナム戦争から帰った後、精神を病んで家にも寄りつかなくなり、今は居所も分からないと言っていた。また、アイオワ州で一緒だった親友は、やはりベトナム帰りの男性と結婚したが、彼は夜中に悪夢で目覚める日が続き、やがて薬漬けになって幼い二人の子供を残し、早々と亡くなってしまった。

 もう一人の登場人物、トミーは戦地で親友を亡くし傷心を抱えて帰還する。法的に復職を保障されてはいるものの、彼が不在だった一年三カ月の間にすでに後任が決まっており、彼は自分が祖国で必要とされているという実感を持てずに苦しむ。イラク国民をサダム・フセインの圧政から解放し、イラクに民主主義をもたらすことが正義と信じて戦地に赴いた彼だが、その自信は根底から揺らぎ、今や彼はイラクで戦い続ける戦友たちの一日も早い帰還を実現したいという願いのみから再びイラクへと向かう。

 歴史も文化も宗教も違う国に踏み込む時、私たちの正義感や善意は必ずしも通用しない。相手の価値観を力で変えることはできないのだ。

 たとえ体は無傷で、行った時と同じ状態で帰ってきたように見えても、戦地に赴くということは戦場での経験がその人を変え、もはや以前と同じ人間ではいられないということを私たちは知らなければならない。

 映画の最後はマキャベリの言葉で締めくくられる。「戦争は好きな時に始められるが、思い通りには終わってくれない」。そこにどんな理由があろうと、一度戦争を始めたら、戦争は最初の目的を逸脱し、独り歩きし、やがて暴走する。勝っても負けても、それぞれの国民に大きな痛手と悲しみをもたらす。

 これからますます盛んになるであろう新テロ対策特別措置法案や憲法の論議をする時、私たち日本人は、現在の米国民の苦悩を自分の身に置き換え、いま一度立ち止まり、平和への感謝の気持ちを思い起こしたい。






(上毛新聞 2007年12月16日掲載)