視点 オピニオン21
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画家 ハラダ チエ(東京都杉並区)

【略歴】 館林市出身。武蔵野美術大日本画学科卒。片岡球子さんに師事。個展をはじめ、コンサートの公演ポスターやパンフレット、舞台衣装など多岐に作品を発表中。

もう一人の私

◎対話してアイデア得る

 真夜中、私は巨大な絵の中にいた。よく見るとそれは、私が生まれた館林の、つつじが岡公園が描かれたスカーフだった。館林市観光協会からの依頼を受けて、先日完成したが、夢を見たのは図案を描き上げた数日後のこと。鮮やかすぎるピンクの古木を指さして、私は叫んでいる。「この色はもっとダークにしてください!」

 その声で私はパチッと目を覚ました。スカーフの製造元から色校正が届いた夜のことだった。そもそもこんな夢を見るのは「もう一人の私」がせっせと仕事をしているという証し。

 この図案を制作し始めた時は、東京・神保町での個展を終えたあとすぐで、三つの仕事がたまっていた。ひとつは、東京フィルハーモニー交響楽団の定期演奏会パンフレット表紙絵と、その絵についての物語。毎月、「ある日の男と女」のテーマで書いているものだ。もうひとつは、パイプオルガンコンサートの公演チラシ用イラスト。シリーズ七回目の演目はクラシックからジャズまで、と幅が広い。そして三つ目は、オペラ歌手の依頼で、ステージ衣装に直接絵を描き、リフォームするというものだった。

 ひとつの作品をつくり出す時、私が最も大切にしていることは、イマジネーションである。アイデアは最後の一滴まで絞り出し、描くべきモチーフや構図をイメージするのだ。ビジョンが見えない苦しい時には、私は決まって想像への扉をノックする。扉の向こうの「もう一人の私」と対話をするために。

 そこでの私は優雅な調子で、今日はミラノだ、ヘルシンキだ、と自由に飛び回り、美しい街並みを見たり、人と出会ったりしているようだが、何とも協力的に私の創作をサポートしてくれる。この前はパリのカフェにいて、男の奇麗な瞳を覗(のぞ)き込み、「あなたの見てきた情景を全部絵にしたら、どんな絵になるかしら」と、彼のサングラスをはずしながらクサい台詞(せりふ)を言っていた。私が「ずい分と楽しそうね」と声をかけると、もう一人の私は「なかなかそっちの世界じゃできないことでしょ?」と片目をつぶってみせる。「今の彼のこと、次の定期演奏会のパンフレットで書こうかな」と言うと、「書いてよ。結末は考えておくから」と頼もしい。

 「オルガンの絵は、結局曲目を網羅して、摩天楼にバッハ風の奏者を描いたのね」「そうよ、あなたのイメージ通りに」「それから、元彼の今の彼女とドレスがかち合った歌手の衣装、見違えるほど華やかになったじゃない」「ドラマチックな話に血が騒いだわね」「それで、今度はどんな仕事なの?」「スカーフのデザイン。色がまだキマらない」。すると、もう一人の私は「分かったわ」と言って、今度は両目をつぶった。

 あっちの世界は魅力的でついつい長居をしそうになるが、もうそろそろ、と扉を閉めようとして思い出した。この「視点」のシナリオを受け取ることを!

 そして私は現実のドアを開け、何くわぬ顔でまたいつもの日常生活に戻るのである。






(上毛新聞 2007年12月9日掲載)