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◎人間も自然のひとつ 日ごろ私たちがよく目にし、耳にする言葉があります。自然にやさしく、自然にふれあう、自然保護、自然環境、自然食品、自然塾、自然体験などです。これら「自然」という言葉はビジネスに政治に教育、そして日常生活においても実にさまざまな形で使われ、私たちの関心の高さを示しています。 ところで、この「自然」とはなんでしょう。自然に対する見方、考え方はさまざまですが、京都大学の生態学者・人類学者であった今西錦司博士は著書『私の自然観』の中で「全体としての自然」ということをおっしゃっています。それは、自然とは山や海や森だけでなく、ミミズもモグラもカラスもゾウもライオンも、この地球上に生きとし生ける物が自然であるという考え方です。つまり人間も自然のひとつということです。 サングラスがくもってよく見えなかった私は顔から外してふこうとした。「ウッ、どうしたんだ。見えない。まさか」。私の目はもやもやした真っ白な世界しか見えなかった。八七○○メートルの高度で、しかも無酸素で単独ビバークして一夜を明かした私は、酸素欠乏によって視力を失っていた。立ち上がってみた。からだがよろけた。バランス感覚、筋肉の力も失っている。ここまでは誰も助けに登ってこられない。「ああ、ダメか」と、私は自然と死を受け入れた。すると不思議な世界に包まれていった。母なる大地のチョモランマの自然が私を抱いてくれている。マイナス三○度の酷寒の中でぬくもりすら感じ始めた。「ああ、いい気持ちだ」。それは幼児のころ、母の胸元で抱かれているような心地よさだった。 高峰の自然から生還した私は、人は自然の法則に支配されて生きていることを再認識させられ、自分もその自然のひとつということを心に深く感じました。母の胸元は大自然そのものだったのです。 現在、地球は急速に傷み始めています。工場や自動車が排出する有害物質や二酸化炭素による大気汚染と温暖化。工場廃水による海の汚染。さらには携帯電話による子どもたちの心の歪(ゆが)み。これらはすべて人間がつくった文明による障害といえましょう。文明は私たちの生活を便利に豊かにしてくれましたが、その一方で人間の生活を変え、心を奪い、自然を遠ざけてゆきます。ノーベル生理学・医学賞を受賞したアレキシス・カレルは「ゆき過ぎた文明は人間にとって有害である」と百年近くも前に述べていますが、今、彼の警告が現実のこととなっています。 こうしたさまざまな障害をもたらす文明とこれからどのように同居していったらよいのでしょうか。その鍵のひとつは今一度、自然を根本から見つめなおすことかと思います。それは「人も自然のひとつ」であること、また人間が生きるとは贅沢(ぜいたく)な生活をすることではなくて「自然の法則に沿って生きる」ことを再認識することでありましょう。地球環境問題も人間社会の問題も、ここに改善と未来のための根本思想のひとつがあるような気がしてなりません。 (上毛新聞 2007年11月27日掲載) |