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箏曲演奏家 下野戸 亜弓(前橋市箱田町)

【略歴】 東京芸大音楽学部邦楽科(山田流箏曲専攻)卒、同大大学院音楽研究科修士課程修了。谷珠美邦楽研究グループ、認定NPO法人三曲合奏研究グループ所属。

新しい音

◎創造する過程が楽しい

 私は演奏家として古典曲だけでなく新曲にも取り組んでいるが、そこには古いものにとらわれず、新しいものを創造するという好奇心と表現の自由という、大きな魅力がある。そもそも、邦楽器の中でも箏(こと)という楽器は変幻自在で、もっとも現代の音楽に応用できる楽器だ。箏柱(ことじ)を動かすことで多様な調弦ができ、糸の張り具合を調整することで、独自の音域を作ることが可能である。弾いたり、すくったり、擦(す)らせたり、叩(たた)いたり。押すことにより音を上げたり、弦を引っ張ることで音を低くもする。和音も作れる。装飾音については左手を従来以上に有効に使い、現代ではハーモニックス奏法やピチカート奏法、アルペジオ奏法など、本来古典曲にもあった奏法でも、洋楽的に取り入れることで古典とは違った表現も多くできるようになった。ピアノと違って、急な転調には苦労するが、音色の多彩なことでは負けないだろう。だから、作曲家が創作意欲をかきたてられるのは当然のことだし、それによって伝統楽器としての箏の世界は大きく広がったのである。

 だが、洋楽の作曲家は箏や三味線という楽器を演奏した経験がない場合が多い。楽器本来の特性や有効性を知るということは、曲を作る上で非常に重要なことだ。そこで、作曲家のスケッチの中に見えなかった部分について演奏家との共同作業がなされ、音楽としてより効果的な奏法を模索したり、実際の演奏上のメリット、デメリットを意見交換することで、より音楽は深みを増していく。新しいものに取り組む楽しみは、その作り上げていく過程にあるといってもいい。そして最終的に音楽は演奏家にゆだねられる。楽譜には書かれない部分をどう表現していくか。つまり、本でいうなら行間を読むということ。演奏する上で一番大切なことは、譜面上に書かれていない部分、書ききれないニュアンスをいかに解釈し、自分なりに表現するかということだろう。

 ただ残念なことに、現代曲には高度なテクニックが要求されるし、難解ゆえ一部の聴衆にしか受け入れられないということもしばしばだ。私の本来の願いは、より多くの人に聴いてもらい、邦楽を楽しみ親しんでもらうことで、その辺りのバランスが難しい。そんなわけで、私も自ら作曲活動へと手を広げることになってしまった。昨年秋のコンサートでは、誰にでも親しめる邦楽による弾き語り作品をとの思いから、宮沢賢治の作品を題材にした、箏弾き語りによる「ざしき童子(ぼっこ)のはなし」という作品を発表した。おかげさまで、短い間にも度々演奏の機会を得て、来月二日には友人のリサイタルで、<囃子(はやし)入り>という新しい形で演奏されることになった。生み育て、その成長を願う。もの作りは子育てと同じだ。来年春にはCD付き楽譜も刊行される予定で、やっぱり作曲者としては再演を重ね、より多くの人に楽しんでもらえたら、これ以上の喜びはないのである。






(上毛新聞 2007年10月8日掲載)