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◎山頂で迎える月初め 山苺(いちご)の熟す季節になると母に連れられて弟と三人で毎年、上越線渋川駅から列車に乗車した。沼田駅で下車し、迦葉山行きのバスに乗り換えて砂利道を揺られながら、北関東の霊峰、大天狗(てんぐ)で知られる迦葉山に参拝に出掛ける旅は、子供心に大変楽しかった。 バスを下車して山門をくぐり、参道に向かってしばらく進んだ所の清水のそばで新聞紙を広げる。山苺を採って食べたりしながら、母が作ってくれたおむすびを食べた。 日ごろ、約束ごとを守らないと必ず母に「今年は迦葉山に連れていかないよ」と叱(しか)られた。家庭で怖い存在の父親は、仕事に追われていつも同行しなかった。それはむしろ子供心に嬉(うれ)しかったが、今となると親父(おやじ)の存在感に偉大さを感じる。 当時、近所の大人たちが迦葉山に参拝する場合は、早朝、自転車で出発して、夕刻になると疲れた足取りで戻ってきた。交通手段はバスや自転車だった。車社会になり、今度は私が季節の変わるごとに両親を車で参拝に連れていくようになった。父はその後他界し、母は同乗することも無理な年齢になった。 サービス業を営む私の日常生活は、気ぜわしく暦をめくり、新しい月日が風のごとく通過していく。そんな中で、仕事から解放されて心の時計をゼロに戻す切り替えを月初めの一日と決め、月の節目を確認する意味で、その日に迦葉山に早朝登山する生活をするようになって久しい。 貴重な月初め一日を迦葉山で迎えることは、忙しさにまぎれて翌日に先送りすることはできないという思いで計画を立てないと継続は不可能だ。 今は六人の仲間と月初め一日の朝六時に社務所で出会うことにしている。 忙しさに流される生活も、早朝であれば都合がつけやすい。仲間と情報交換ができ、元気に新しい月を迎えられることに感謝する。月に一度は山頂で必ず会える、そんな異業種間の交流を楽しみにしている。 迦葉山は四季折々、素晴らしい自然の変化で私たちを迎えてくれる。春は企業が社員研修、夏は学生が宿泊研修をしている。奥山での研修は「規律の順守」と「早朝礼拝や清掃奉仕」だ。貴重な体験をして一夜を過ごした学生さんと廊下で交わす元気な挨拶(あいさつ)は心に響く。 私は一年のうちで十一月一日の奥山の早朝が大好きだ。朱色に染まった紅葉や、寒さに耐えて深緑を守りぬく大木、落葉した枝のすき間から、晴天であれば遠く富士山が望める。この豊かな大自然を守るためにも、環境汚染の問題を真剣に考えなければ、将来は富士山を望むことも不可能になるだろう。 紅葉が過ぎると雪深い冬を迎えるが、私たちは相変わらず月初め一日には必ず山頂に向かう。年を重ねるごとに、惰性で人生の歯車を回転させる生活になりがちだが、月初め一日の心の暦は守り続けたい。雑音が全くない山頂のコミュニティー広場での出会いを、永遠に大切にしたいと考えている。 (上毛新聞 2007年10月4日掲載) |