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◎安らかな死を自宅で シネマテークたかさきで見た「終わりよければすべてよし」という映画。八十一歳になる羽田澄子監督が、終末期医療をテーマにした長編ドキュメンタリーだ。 病院での死が当然の世の中。最期は点滴、経管栄養、排尿チューブ、人工呼吸器や心電図モニターなど配線・配管だらけの状態。これをスパゲティ症候群というらしい。フォークから何本ものスパゲティが垂れ下がっているイメージだ。 できる限り生命を引き延ばすことを本人は望んでいるのか? 家族の思いや医療者の義務で延命が行われていないか? 自宅で安らかな死を迎えるにはどのようなサポートシステムが地域に必要なのか? この映画は、終末期を自宅で迎えられる在宅医療の整備が緊急課題であると訴えている。 映画に登場する先進国のオーストラリアとスウェーデンでは、病気や障害がある高齢者が自宅で過ごせるよう、二十四時間対応の往診・訪問看護・訪問介護や、一時的な入院・入所施設などの一体的な公的サービスシステムが運営されている。 わが国の先進例も幾つか取り上げられていたが、二十四時間対応の医師・看護師などの訪問医療と入所系サービスとの連携した体制は、まだ数が少ないのが現状である。 さらに、どのような最期を迎えるかを高齢者が自らの意思で選べるようになるには、助かる見込みがないのに苦痛を引き延ばすような無駄な延命を中断しても、医療者が殺人罪に問われないような法的整備が必要である。米国では、しかるべき手続きを踏めば、延命の中止は認められている。 また、自ら望む形での最期を迎えたいなら、文章による意思表示が求められる。最期にどこまでの延命治療をしてほしいのかを記入・署名しておく「事前指示書」だ。わが国では尊厳死協会が書式を提供している。最近、米国の事前指示書「私の四つのお願い」が箕岡真子さんらによって和訳され、インターネットで無料ダウンロードできるようになった(http://www1.ocn.ne.jp/~mbt/)。医療のことだけでなく、「愛する人々に知っておいてほしいこと」を含めて、自分の気持ちを家族や後見人に伝えるものだ。元気なうちから用意してはいかがか。 ムービックス伊勢崎では「シッコ」という映画を見た。米国の医療保険の問題点を鋭く指摘した映画で、医療保険会社があくどく利益を追求する姿に驚きを禁じ得なかった。米国では無駄な延命の心配はないようだ。なぜなら医療費を払えない人に対しては診療しないから。入院して医療費を支払えない高齢者が病衣のままタクシーに乗せられて、高齢者保護施設の前で放り出されるシーンがあった。延命以前の問題である。利益のために倫理をなくした国、それが今の米国だ。 小泉改革によって日本も米国同様、弱者淘汰(とうた)の市場原理主義が強まった。本県出身の福田康夫首相はどの方向に舵(かじ)を取ってくれるのだろうか。高齢者が元気に過ごし、最期はコロリと往生できる社会をめざしてほしいものである。 (上毛新聞 2007年10月2日掲載) |