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群馬大社会情報学部教授 森谷 健(前橋市鳥取町)

【略歴】 同志社大卒、関西大大学院修了。2003年から現職。専門は地域社会学・地域情報論。観音山ファミリーパークで活動するNPO法人KFP友の会の理事長。

地域社会と記憶

◎地図に押しピンを刺す

 夏の家族旅行で、四十年ぶりにある海岸を訪れました。

 東京駅から内房線に乗って、鋸山(のこぎりやま)が見え始めると、車窓の景色が見覚えあるように感じられました。駅に降りると駅前の懐かしい道を完全に思い出しました。小学生のころ、毎年のように夏休みの数日を楽しんだ海岸は、いろいろな記憶を呼び起こします。「素潜り」をしていておぼれそうになったのはあの磯だ。ここではクラゲにやられて、左腕が赤く腫れた。泳ぎ疲れて、「おなかが空(す)いた」と歩いたのは、この砂の道だった。この海岸、この街は、私の記憶を染み込ませているようです。

 昔、画鋲(がびょう)は金属の円盤から針が突き出ている形でした。今、使われているのは、画鋲というより、押しピンで、カラフルなプラスチックの帽子から針が出ているような形ですね。

 一枚の地図をイメージしてみてください。世界地図や日本全図ではなく、お住まいの比較的狭い範囲の地図だと思ってください。この地図に押しピンを刺していきます。地図の中で、ご自分の記憶が染み込んでいる場所にピンを刺すのです。あの海岸の地図があるなら、その地図は、たくさんの、そして四十年も前の私の記憶が刺さるはずです。

 あなたが頭の中で広げた地図はどうなっているでしょうか。友達にいじめられてここにあった杉の大木の下で泣いたっけ、はじめてデートしたのはここにあった映画館だった、プロポーズしたのはこのフルーツパーラーだ、この公園でよちよち歩きの子どもと散歩した。おそらく、たくさんの帽子が刺さっていることでしょう。

 今度は一枚の地図に街の人みんながピンを刺すとイメージしてみます。地図の上には、たくさんのピンが刺さっている場所とほとんどピンの刺さっていない空間とができるでしょう。たくさんのピンが刺さっている場所はその街の人々にとって共通の大事な場所だといえるでしょう。

 次はタイムマシンを使いましょう。タイムマシンに乗って何百年も前の地図の場所に行きます。そして、その時代の人々にピンを刺してもらいます。今度はもう少し現代にもどった時代でタイムマシンを降りて同じことをしてもらいます。これを何回か繰り返し、現在に戻ってくれば、持っていった地図には時間を積み重ねたたくさんのピンが刺さっていることでしょう。

 地域社会には見えない押しピンが、いろいろな人によって、また、時間の積み重ねの中で、たくさん刺さっているように思えます。

 立派な施設や大きな工場がなくても、むせかえるような買い物客や観光客がいなくても、見えないピンがたくさん刺さっている地域社会も「豊かな」地域社会なのではないか、見えないピンがどんどん増え続けている、これも地域社会の活性化なのではないか。四十年前よりも少し寂しくなったように見える海岸で思いました。

 イメージではなく、実際に何人か集まって一枚の地図にピンを刺してみるとおもしろいですよ、きっと。






(上毛新聞 2007年9月19日掲載)