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共愛学園前橋国際大国際社会学部長 大森 昭生(前橋市駒形町)

【略歴】 宮城県出身。東北学院大大学院博士課程在籍中の1996年に共愛学園入職。2003年から現職。県男女共同参画推進委員、前橋市社会教育委員などを務める。

共生の社会

◎「自分を大切に」が前提

 「命は大切だ。命を大切に。そんなこと何千何万回言われるより『あなたが大切だ』誰かがそう言ってくれたらそれだけで生きていける」。これは、公共広告機構が二〇〇五年度に製作したCMです。このコピーは、受け手をドキッとさせる力を持っています。それは、疑う余地のないこの原理が、そのままの言葉では伝わらないということを正面から捉(とら)えているからでしょう。

 私たちは時折、人を国、民族、年齢、性別などさまざまなカテゴリーにあてはめ、一人一人を見えなくしてしまうことがあります。戦争やテロは、そこに無数の「あなた」がいることを無視した行為です。大きな枠組みの中に個が埋没してしまうと、そこに在る一人一人の「生」というリアリティーが薄れてしまうということなのかもしれません。

 ところで、「あなたが大切だ」と他者に伝えることができるのはどうしてでしょう。先日、四歳の息子が蟻(あり)の列を踏みつけていました。かわいそうだと訴えましたが効き目はありません。そこで、君が同じようにされたらどうかと問いかけてみたところ、少し考えて、やめることができました。この話はここでのテーマから若干ずれるかもしれません。ただ、幼い彼が自分を基点にすることで他者へ想(おも)いを馳(はせ)ることができたのは確かです。しかし、もしその基点に価値を見いだせなかったらどうでしょう。私は、他者を大切に思える前提は自分を大切に思えることにあると考えています。自分はとても大切な存在だと感じるとき、「あなた」もまた自分と同じように大切な存在だという想像力が働くのではないかと。

 今、共生の社会が求められています。こうして考えると、共に生きることのはじまりは私を大切に思うことではないでしょうか。時々、個人主義のせいで自分さえよければと考える人が増えたというお話を聞くことがあります。確かに、人と共に生きるためには、私を抑えることが必要な場面も少なくありません。しかし、本当にそれができるのは、自分は大切な存在だという確信によって、私を抑え他者を立てても、自分の存在に揺るぎがないと信じられるからではないでしょうか。「あなたは大切じゃない。でも、他者は大切にしなさい」。これは矛盾したメッセージです。実は、私たちの個人主義はまだ中途で、「他者を大切に」というメッセージは伝えられるのに、「あなたは大切だ」というメッセージは届いていないという状態にあるのかもしれません。

 共に愛することを百二十年間学び続けてきた学園に集う私の学生たちや、私の子どもたちには、他者を大切にできる共生社会の担い手に育ってほしいと願っています。そのためには、まず自分を大切に思えるように、「あなたが大切だ」というメッセージを送り続けたいのです。今日も二歳の娘は服のボタンを自分でかけるといってきかないでしょう。まだできないのに。私は時間に迫られ、少しイライラしながら、それを見守ります。自分でできるという娘を信じて。

 「あなたが大切だから」






(上毛新聞 2007年9月17日掲載)