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◎技術だけでなく教養も ピアノは音楽の三要素であるメロディー、リズム、ハーモニーを一人の奏者で演奏できるので、オーケストラのようなものである。 今、私たちは黒くて大きなふたがあり、ステージの真ん中にでんと構えているのがピアノと思っているが、約三百年前に生まれたピアノにはさまざまなタイプが存在し、時代とともに姿を変えてきた。ピアノが生まれる前はクラビコードやチェンバロが十五世紀ごろからあった。クラビコードは長方形の木箱で卓上型と四脚付きの物があった。構造は鍵(けん)を打つと、その奧に付いている金属片が弦を下から打って音を出すようになっているが、音量は乏しい。チェンバロはグランドピアノを小型にした形をしていて弦をはじいて音を出す仕組みになっている。 ピアノは一七○九年、イタリア人のクリストフォリが、チェンバロのボディーを使ってハンマーで弦を打つ楽器を作り、ピアノフォルテと名づけたのが始まりである。モーツァルトやベートーベンの時代のピアノは、現代のピアノに比べると随分きゃしゃであったといわれる。ショパンやリストの時代になると、コンサート用に大音量を出せるピアノが作られた。この時代にほぼ現代のピアノに近い物が完成された。つまり昔のピアノはデリケートな音で現代のピアノはダイナミックな音である。 わが国にはシーボルトが一八二三年に初めて持ってきたといわれている。日本では一九○○年、ヤマハ創業者の山やま葉は寅楠(とらくす)が輸入した部品を組み立てたが、これが国産第一号という説がある。今はピアノが普及し、学習者も増大し、その中から国際コンクールの入賞者も出ている。 ピアノの学習方法はいろいろあるが、ある日本人ピアニストは「理想のピアノ教育は相撲部屋である。その時代のチャンピオンが現役を引退して弟子を育てる。伝統のあるルールや基礎を、徹底的に教え込み、それを積み上げていく。ゆとりなど念頭に置かず仕込んでいく」と述べている。 これは優秀なピアニスト育成の理念だと思うが、私個人の考えはピアニストとして大成するためには技術のみならず、教養を身につけることも大切だと思う。子供の時は神童、天才ともてはやされても二十歳過ぎればただの人といわれないよう、ピアノ以外にも目を向け、内面を充実させて人間的に成長をすることが大切である。 ピアノ教師を続けて感じることは、教えることは生徒一人一人の人間形成にかかわる重大な責任を負っているということであるが、時にはどんなに努力しても行き詰まることがある。そんな時は尊敬する音楽学者の言葉を思い出す。「学業途上の若者はいつも不安を持っているのです。そんな時は慰め、励まし、勇気づけてください。そして信頼してください。これを失ったとき、すべてが失われるのです」 私自身もまたこの言葉で幾度となく勇気づけられたであろうか。私はこれこそ人間、そして教育の原点であると思う。この言葉を座右の銘とし、これからもレッスンに取り組んでいくつもりである。 (上毛新聞 2007年9月5日掲載) |