視点 オピニオン21
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前橋るなぱあく園長 佐藤 恭一(前橋市城東町)

【略歴】 東京大教育学部卒。元県庁職員。2人の息子を育て、父と母の介護も自分でして見送った。得意は料理。趣味は酒。家族は妻と猫1匹。自慢はよき友達。

瓢箪池

◎自然の力で再生を期待

 夕方、干していた梅を桶(おけ)の梅酢に戻したところに、雷鳴が届く。例年より少ない四十キロの梅を干して二日目、強い日差しはありがたいけど、急な雨ほど怖いものはない。

 数日前に激しい雷雨があった。雨の中、るなぱあくの西の隅にあるめがね橋のトンネルから、前橋公園の瓢箪(ひょうたん)池を見ていた。工事の進む庭園はその姿を毎日変えている。萩原朔太郎が写真に撮った大正時代の姿はもうない。稲妻に照らしだされる中ノ島は削られ、東端にあった赤松の大木は勇壮な姿を消し、池は水路のように狭められ、オハグロトンボの影も見えない。

 朝、日なたの笊(ざる)に梅を広げると、あとは天地替えを一回するだけで暇なのだけど、急な雨に備えて外出はしない。

 暇つぶしはしば漬けの漬け込みだ。ナス、キュウリ、赤シソ、ミョウガ、新ショウガ、それとシシトウガラシ、全部で十二キロの野菜を洗って、刻んで、塩で漬け込む。後は、乳酸菌さんにお任せ、六日もすれば、酸味の効いた乳酸発酵食品「しば漬け」ができあがる。自然の力はすごい。乳酸菌はその生命を使って、微妙な味と美しい色彩をつくり出してくれる。

 工事の始まる前の瓢箪池では、踏み固められたところにはゼニゴケが茂り、松の根元にはマンジュウゴケが盛り上がっていた。コケもコケの生命を生きていたけど、土木機械で掘り返され、その姿を消した。また生えるだろうか。

 前に、安中市秋間の梅農家のおばあちゃんに聞いた。

 「カビが生えるからって、酢を使う人がいるけどさ、邪道。焼酎もダメ。梅は自然の力を信じて漬けるの。塩加減だけで工夫するの」

 私は、この教えを守っていない。漬け始めのカビの発生が恐くて、微量の焼酎を霧吹きで噴霧する。自然の力を信じきることのできない人間には、秋間のおばあちゃんのまねはできない。

 中ノ島の西の小島に水神宮がある。小島に渡る丹に塗りの太鼓橋は取り払われた。この祠(ほこら)の後ろに回って台座を見ると、「銀婚式記念」「前橋好釣倶楽部」と刻まれている。このまちの釣り好きおじさんたちが建立したらしい。

 祀(まつ)られた年は刻まれていないけれど、私は、一九四九年だろうと思っている。この年は昭和天皇御夫妻の銀婚式の年、その二年前、このまちはカスリーン台風によって大きな被害を受けた。自然と向き合う楽しみをもつ人たちが、自然の力に恐れと畏い敬けいの念をもって祀ったのだろう。

 梅を干しながら、瓢箪池のことを考えている。

 「園長さん、来年は良くなるよ、公園がすっかりきれいになるから」。夏草を取っていた私に、地元の役員さんが声をかけてくれた。

 祈る気持ちで期待している。意味もなく歴史をつくり変えようとする人間たちにではない。土木機械にもスコップにも負けない、草木や生き物のしたたかな生命力が、瓢箪池を再生してくれることを。






(上毛新聞 2007年8月16日掲載)