視点 オピニオン21
 ■raijinトップ ■上毛新聞ニュース 
「しんまち学ぶ会」副会長 佐藤 真喜子(高崎市新町)

【略歴】 亜細亜大経済学部卒。防犯パトロール隊「新町サポーター」、「新町歌劇団」などで地域づくりや文化活動に尽力。「よみがえれ!新町紡績所の会」副会長。

農薬散布の自粛要請

◎健康と安全を最優先

 千葉県の友人から電話があり、「群馬はすごいよ。全国で初めて有機リン系農薬のラジコンヘリによる空中散布の自粛要請をしたんですよ」と興奮して話していました。

 電話口の友人は長いこと悩みをかかえていました。農薬散布や街路樹の消毒のころになると、息苦しくて頭が痛くなり、めまいなどの症状に悩まされ、ときに公共施設や学校、乗り物の中でも同じような症状に陥るそうです。そしてこの症状は彼女ばかりでなく、子供にも及び、外出時に突然起こる症状の苦しさ、恐怖により、外に出られなくなっているとのことです。散布された農薬などは空気と一緒に漂っておりますので、防ぐ手段もあまりないようです。「群馬に化学物質過敏症を診察してくれる医師がいるので探してほしい」というのが彼女の頼みでした。

 群馬県が自粛要請をして数カ月後の今年一月、「シックハウスと有機リン問題の最前線」というシンポジウムが県主催で行われました。群馬県はどうして他県にさきがけてできたのか? 早く苦しみから救われるのには一体どうしたらよいのだろうか? そんな思いを胸に千葉の友人はこのシンポジウムを聴きにやってきました。彼女の探していた医師も臨床医の立場からパネリストとして出席していました。

 県の取り組みの一歩は県民の健康被害の訴えから始まりました。この訴えに県民の健康と安全を守ることが最も大切と、保健衛生や農業者それぞれの立場から、英知を結集した決断が「自粛要請」でした。一般的には「お金がかかり過ぎる」とか、「ほかに方法がない」とかでなかなか進まず、健康と安全は後手にまわりがちです。人間の命が軽視された例は過去に多くありました。殺虫するのに威力を発揮していた有機リン系の殺虫剤は人間の神経も侵すサリンの原材料でした。

 本県では人間の生命が、人間の健康と安全が最優先されたのです。この決定は大変重いものです。そして大きな、かけがえのない一歩だと思います。

 五月には東京で群馬県主催のシンポジウム「有機リンの問題の最前線」がありました。他県の苦しんでいる多くの患者さんも詰め掛けていました。科学者、医学者、工学者などさまざまな専門の研究者も多数いました。群馬で患者の治療にあたっている臨床医から空中散布がなくなったので、散布する時期に急増する患者が激減したとの報告があり、苦しんでいる多くの他県の人たちは本県の取り組みに勇気を得ていました。

 EU(欧州連合)諸国・英国・米国はすでに有機リン系の農薬を規制しています。この取り組みが一日も早く日本全土に広がることを期待します。なぜなら有機リン系農薬に対する感受性は胎児・乳幼児・学童ほど高いという報告があるからです。次代を担う子供たちが一番の被害を受けるなんて絶対起きてはいけないことです。勇気をもって、賢明なる一歩を踏み出すことが大事だとシンポジウムで学びました。少子化の進む今日、若い人が少しでも安心して子供を産める日本でありたいと願っています。






(上毛新聞 2007年7月18日掲載)