視点 オピニオン21
 ■raijinトップ ■上毛新聞ニュース 
銅版画家 長野 順子(高崎市筑縄町)

【略歴】 東京芸術大大学院美術研究科建築専攻修了。建築設計事務所に勤務後、銅版画家に。個展多数。石田衣良氏などの著書の挿画も担当。上毛芸術文化賞美術部門賞。

児童図書展を訪れて

◎子供たちが求めるもの

 今年の四月末、私はイタリアのボローニャという都市を訪れていた。目的はボローニャ児童図書展。世界で唯一の子供の本専門の国際見本市で、ボローニャ・フィエラという見本市会場で毎年春に開催されている。世界各国の児童図書を扱う出版社が版権の売買をしたり、イラストレーターが作品の売り込みをしたりする商取引の場である。

 私も作品のファイルを抱えて、今回初めて見本市会場を訪れた。書籍にかかわる仕事をしたい、銅版画で物語をつづりたいという気持ちだけで、正直なところ児童図書とはなんぞやということすら深く考えたことはなかった。単純に幻想的な絵ならば絵本の世界に抵抗なく入り込めるものと思い込んでいたのだ。ところが、この児童図書展を訪れて、あらためて絵本に必要とされる絵は何かを考えさせられることとなった。

 私の作品はモノクロームの銅版画なので、絵本向きでないことは国内の出版社の方にも指摘されていた。自覚もある。書店の児童書売り場を見れば、対象年齢の低い絵本の絵は明るい色彩で、単純化されたかわいらしい印象の絵柄のものが多い。当然、購入するのは大人の役目だから、大人にも好印象を与えられることが必須である。より多くの人々が安心できる絵本として、明るくわかりやすいという基準があるのだろう。

 しかし、洋書と呼ばれる分野の絵本には、深みのある色彩のものもあり、かわいいだけでなく美しいと思えるものが比較的多い印象があった。そこで、銅版画のような比較的暗い色彩の絵でも、海外の出版社なら受け入れてもらえるのではという期待を持って訪れたのだ。ところが実際には、国際見本市においても日本の書店とさして変わらない印象を受けた。

 非常に大ざっぱな言い方をしてしまえば、アメリカや日本のアニメやマンガを思わせるようなイラストが低年齢層向けの絵本を彩っていた。北欧などの出版社には絵画的で美しい装丁のものも見られたが、少数派。売り込み現場でも、かわいらしくてわかりやすく明るい色彩の絵を描けるイラストレーターを求めている出版社がほとんどだった。

 色彩が鮮やかで、かわいいキャラクターが登場するものは、当然、子供たちの目を引き付ける。確かに、幼児向けには楽しむための絵本であっていいかもしれない。だが、文字を自分で読めるようになって、物語の世界を理解できる子供たちに向けた絵本には、物語にふさわしい絵が必要だと思う。子供自身も絵に対する好みが各自異なってくるはずだ。目を引くだけではなく、心を引き付ける絵と言葉が、絵本にとって必要だと思った。安易な気持ちで絵本づくりにかかわりたいと思っていた自分を振り返り、反省した。

 簡単に良い悪いという評価を下せないだけに、絵本をつくる大人も選ぶ大人も、子供たちの心が求めているものを真剣に考えねばならないと思った。






(上毛新聞 2007年6月18日掲載)