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群馬大医学部教授 山口 晴保(前橋市下新田町)

【略歴】 高崎市出身。群馬大医学部卒、同大大学院修了。医学博士。日本認知症学会理事、県リハビリテーション協議会委員長。認知症に関する著書もある。

病院の「常識」

◎社会では「非常識」にも

 「病気になると安静!」という信仰が強いですね。でも、安静は筋力だけでなく、心肺機能の低下も引き起こします。

 医学の世界では、これまで「常識」と思っていたことが「非常識」になるどんでん返しがしばしばあります。例えば、風邪をひいて熱が出たら解熱剤で下げるのが西洋医学の常識でしたが、むしろ熱を出し切った方が、解熱剤を使うより早く治るといわれるようになっています。つまり、体温が高いと免疫力が高まり、体内に侵入した細菌やウイルスを攻撃する力が高まるのです。このような話題も、さらに歴史を振り返ると、おもしろい出来事があります。

 百年前、認知症の最大の原因は脳の梅毒でした。しかも脳の梅毒は治療法がなく、死が待っていました。オーストリアの医師ユリウス・ワーグナー=ヤウレックは、この脳梅毒患者に三日熱マラリアを感染させました。すると三日間高熱が続き、脳の梅毒スピロヘータが死んで症状が軽快するのです(その後マラリアをキニーネで治療)。彼は、この発見でノーベル賞を受賞しました。

 「病院の常識は社会の非常識」と言えることが多々あります。入院すると、好きな時間に好きな食事を食べられません。ましてや福祉施設に入所すると、決められたメニューをずっと食べ続けなければなりません。入所したのだから我慢するというのが常識です。しかし、好きなときに好きなものを食べられるのが社会の常識でしょう。そこで、ある認知症のグループホームでは入居者が食事メニューを決め、必要なものをスタッフと買い物に行き、自分たちも手伝って調理します。そうすると、認知症の方々が元気になってきます。自分たちで意見を言い、生活活動に参加して能力を発揮するからです。和田行男氏はこの体験を『大逆転の痴呆(ちほう)ケア』という本に記し、「人間のあるべき姿を奪うな!」と強調しています。

 世の中、どんどん便利になっていきます。そのぶん頭を使わないで生活ができるようになりました。トイレに入ると自動的に点灯・消灯、水洗も消臭も手洗いもセンサーが働き、人間の注意力が不要です。炊事も洗濯も全自動でボタンを押すだけ。このような生活環境は、生活能力(脳力)を奪います。

 公共の場にはバリアフリーが求められますが、人間はバリアーを乗り越えることで能力を維持・向上させているという側面があります。

 例えば階段を上ると、重力に抗した運動なので、たくさんの筋力を使います。すると姿勢を支える抗重力筋が強くなり、同時に身体を支える骨格も丈夫になっていきます。エレベーターは楽ですが、毎日楽をしていると立位歩行に大切な抗重力筋が弱くなり、骨も脆もろくなっていきます。最近はエレベーターが正面にあって、二階に上がるにもエレベーターを使うのを見かけます。階段のような天然筋トレマシンこそ正面に設置すべきと考えるのは、非常識でしょうか? “バリアアリー(有)生活”のススメです。人間のあるべき姿を奪ってはいけないのです。なんでもちょっと非常識に考えてみましょう。






(上毛新聞 2007年6月9日掲載)