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◎小規模でも安全な食品 板倉町は春の大型連休中に田植えの最盛期の地域があり、渡る風、広がる青田は初夏を思わせる風物詩である。日本の歴史の中には稲作にかかわる文化がたくさんあるが、「耕して天に至る」といわれる棚田に代表される小規模の稲作は、景観としても素晴らしく、日本の農業を象徴するかのようである。 ところで板倉町のほぼ中央を流れる谷田川の堤防の外に、「川田」と呼ばれる田圃(たんぼ)がある。昭和の初期に造成されたらしく、アブラナなどが作られていたが、戦後のころから米が作られた。低湿地の土を盛り上げて作られた田圃で、規模は小さいが先人たちの汗の結晶ともいえる貴重な耕地だ。今でもその一部は小学生たちの体験学習の場としても活用されている。私の家にも「川畑」と呼んでいた耕地が川田の下流域に何カ所かあった。曽祖父の時代(明治の中ごろ)から持籠(もちこ)をかついで、土を盛り上げて耕地を拡(ひろ)げたと聞かされていた。 現在、農業経営者の高齢化が進み、しかも後継者不足で日本農業の将来を危惧(きぐ)することもある。後継者不足対策や国際競争力の強化のため、経営の大型化や集落営農組織化が命題のように叫ばれているが、棚田などに代表されるような小さな農業に目を向け、こうした農業が日本人の食生活を支えてきたことを忘れてはいけないと思う。 確かに農地の保全や、食料の自給率向上を考えたとき、それらの命題は必要な施策だが、それだけで日本の農業を守り、多様化している消費者ニーズを満足させることができるだろうか。安全な食品や本物志向に消費者の目が向いているが、本当に安心して食べられる農産物作りは農家にも大変な苦労がある。 種さえまけば勝手に作物は育つものではない。病害虫は付くし、雑草も生える。放っておけば枯れないまでも商品にはならない。水をやり、肥料を施し、時折農薬も散布する。雑草退治にも手をやく。農薬の時期を決めるときは特に気をつかう。近ごろ、消費者が気にされる農産物の表示に有機栽培や無農薬、減農薬栽培などがあるが、安全な食品には欠かせない要件である。そこで農家がこの表示をするには、それなりの対応が必要になる。有機物主体の肥料は価格も高く、散布の労力もばかにならない。病害虫防除の農薬散布回数や量を減らすと確実に病害虫を駆除するのは難しくなるし、その結果、品質は低下し、収量も減ってしまう。 皮肉にも戦中戦後、農薬も肥料もほとんどない時代があった。仕方なく雑草で堆肥(たいひ)を作るなど人手だけに頼って作物を栽培した。曲がったキュウリや穴のあいた野菜類もみんなに喜んで買ってもらえた。収量は少なかったが、おかげで農家も生活できた。今思うと最も安全な食品だったのかもしれない。 価値の高い安全な食品を作り、顔の見える形で提供できる小さな農業は、多少見劣りする食品であっても消費者の評価が得られるなら、日本農業を支える大切な柱になり得るのではないだろうか。 (上毛新聞 2007年5月26日掲載) |