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キリンビール常務 松沢 幸一(さいたま市浦和区)

【略歴】 千代田町出身。館林高、北大農学部修士課程修了。1973年にキリンビール入社。キリンヨーロッパ社長、北陸工場長、生産統轄部長を経て、昨年3月から現職。農学博士。

日本の食料

◎もっと農業に関心を

 ビール・発泡酒などの原料価格が高騰している。麦芽・ホップの価格上昇の背景には世界的なビール需要の伸びがある。また、主産地の欧州、豪州などで旱魃(かんばつ)などの異常気象により作柄が極端に悪くなったことも原因している。

 しかし、発泡酒や新ジャンルの主原料である液糖の価格上昇は、その原料になる米国産コーンの価格が急騰していることによる。米国政府がコーンを原料にしたバイオエタノールの生産を増やす政策を強力に推進した結果である。米国では、既に約二割のコーンがバイオエタノール生産に回されているという。その上、米国では農薬耐性などの遺伝子を組み込んだ生産効率の良い組み換えコーンが主力になってしまい、日本の食品企業や消費者が求めている非組み換えコーンの生産は減少。農家にプレミアムを払ってその生産をようやく確保している現状である。組み換え、非組み換えコーンを生産者から最終ユーザーまでの流通過程で分別取り扱いし品質保証するIPハンドリングのコストも価格を押し上げている。

 最近はこれらの要因によりビールに限らず食品全般に顕著な影響が出ている。連日、新聞・テレビなどで、オレンジジュース、食用油、マヨネーズ、大豆製品などの値上げが報道されている。コーンやサトウキビ、菜種などがバイオ燃料用の需要増で値上がりし、その増産のためにオレンジ、大豆などの作付けが減少しているのである。欧州各国では菜種油からのバイオディーゼル油の生産が急拡大した半面、ジャガイモの生産が減っている。ブラジルではサトウキビの半分以上がバイオエタノール生産に回されているという。

 炭酸ガス増加による地球温暖化を回避するための循環型エネルギーとして、バイオ燃料が増加することは歓迎すべきことである。しかし、その一方で食料との取り合いが起きている。中国・インドなどでの食料需要そのものの増加も価格上昇を加速させている。

 日本の食料自給率は40%(熱量ベース)しかない。先進国中で最低である。食料作物の需要増加は、単に食品の値上がりと家計圧迫という問題だけではない。国の安全保障や国民の健康・安全にも直結している。一九七○年代の石油危機では、日本は省エネ技術を飛躍的に上げ、その後の産業競争力を押し上げることができた。だが、食料の場合は、無駄や過食は抑制できても、省エネならぬ“省食”とはいかないであろう。

 そこで、これからの日本の農業や食料調達の在り方が問題となる。ようやく各方面で日本農業再生の議論がなされるようになってきた。政府の経済財政諮問会議でも取り上げられ、農水省は「二十一世紀新農政二〇〇七」構想を打ち出した。日本経団連も農政問題懇話会を発足させた。また稲いね藁わら・間伐材など、食料ではない原料からバイオ燃料をつくる技術開発も国や大学、企業などで行っている。

 しかし、この問題を政府や農業関係者、研究機関等だけに任せておいていいのであろうか。もっと多くの国民が関心を持ち、将来に向けて合意形成するための議論をすべきであると考える。






(上毛新聞 2007年5月20日掲載)