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◎三位一体で一層充実を 前回(十二月一日付)に続き、太田国際音楽セミナーについて記したい。深い洞察力と的確なアドバイスで受講者の能力を引き出してくれる同セミナーのレッスンでは、興味深いコメントやインパクトの強いレッスンもある。リューベック音大のフォック教授のベートーベンピアノソナタを聴講した時のことである。 受講者は緊張のあまり手が震え、うまく弾くことができない。そのとき、教授は「ベートーベンを神様のように思っている人は多いと思う。でもね、彼は確かに偉大な音楽家だが、同時に普通のおじさんだよ。皆と同じ血が通っている人だよ」と言われた。会場に思わず笑いが起こり、受講生もその一言で緊張が解け、その後、スムーズにレッスンが運んだ。実際、同じドイツ人からこのようなコメントを聞くと説得力もあり、今まで考えてもみなかった新しいベートーベン像ができ、新鮮な響きがあった。 ハンブルク音大のオッカー教授は第二次大戦中、祖国のため戦った。そのとき左肺を負傷し、その大部分を失ったが、その後、声楽家を志し、努力の末、ヨーロッパの国際コンクールでグランプリを獲得した。太田国際音楽セミナーの一環として開かれたコンサートのときも、そのようなハンディを感じさせない見事な歌声を披露してくれた。人間に不可能はないということを身をもって証明してくれたことは、後進に希望と勇気を与えるものである。 忘れられないレッスンもある。二十代後半の女性ピアニストだった。これはまさに講師と受講者との音楽におけるバトルのようなレッスンで、一言も聞きのがすまいという受講生、さらに一段と高い要求をする講師というように、まさに白熱したレッスンで、思わず背筋がゾクゾクするような興奮を覚えた。この受講生は、この講師のもとで勉強すべくモスクワへ留学し、優秀な成績で卒業。帰国後はピアニストとして活躍している。 各講師の思わぬ人間性に触れると親近感を覚えるが、昼間、ハードなスケジュールをこなしながら深夜まで練習に励み、音楽への情熱とたゆまぬ自己研さんの姿に、音楽家とはかくあるべきと畏い敬けいの念を持ったのは私一人ではない。太田国際音楽セミナーは受講に際し、オーディションやテープ審査はない。希望者全員に受講の機会を与えようという趣旨である。また、セミナーではジュニアクラスも設けている。幼少より優れた音楽教育の場を与え、豊かな感性を育てることは人間形成の上で大切である。たとえ歴史、文化、言語は違っても、優れた講師のもとで音楽を通して理解し合うことができる。まさに音楽は語り得ないものの、言葉なのである。 このセミナーは太田市に在住するピアノ教師、音楽関係者、愛好者が実行委員会を組織し、これを市がバックアップしている。優れた音楽家、情熱のある受講生、それを支える実行委員が音楽を通じて三位一体となり、音楽が与えてくれる感動も分かち合って、このセミナーをより一層充実させていきたい。そして、この地方都市で産声を上げたセミナーの中から、次代を担う才能を秘めた若者の発掘と育成のために貢献できれば、これに勝る喜びはない。 (上毛新聞 2007年1月18日掲載) |