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キリンビール常務 松沢 幸一さん(さいたま市浦和区)

【略歴】千代田町出身。館林高、北大農学部修士課程修了。1973年にキリンビール入社。キリンヨーロッパ社長、北陸工場長、生産統轄部長を経て、今年3月から現職。農学博士。

ドイツで学んだ醸造学

◎職業教育の見直しを

 九月二十四日のミュンヘンは抜けるような青空、世界最大のビール祭りオクトバーフェスト会場は、大勢の人々でにぎわっていた。人気テントの一つ「アウグスチナー」も、名物の一リットルジョッキを傾け、乾杯の歌を熱唱する五千を超す人々の熱気であふれていた。ベルリン工科大学教授であったバッカーバウアー先生の七十五歳の誕生日を祝う会がそこで催され、私も日本から遠路参加した。

 私は二十八年前、先生のもとに二年間留学した。前半は醸造微生物に関する研究を、後半はブラウマイスター(醸造マイスター)学校でビール造りの勉強をした。ベルリン工科大学にはビール醸造学科があり、ミュンヘン工科大学と並び、世界中から学生が集まっている。先生は世界的なビール醸造科学の権威で、併設されているブラウマイスター学校の校長も兼務していた。学校には私以外に、中南米、アジア、アフリカ諸国からの留学生もいたが、ドイツ人は皆、ビール工場で専門技能者(職人)資格を持って働いており、一段高い資格と処遇を得るためにきていた。

 ドイツの職業資格制度は、職業学校で学びながら実習をする訓練生、一人前の専門技能者、マイスターの三段階になっている。また、この上に高等な専門知識と研究能力を養成する大学教育がある。

 ブラウマイスター学校では、ビール工場を操業し、経営するために必要な知識・能力を習得する。具体的には、仕込み・発酵等の醸造技術、充填(じゅうてん)技術、微生物、化学、機械等の専門分野はもちろんだが、会計、法律、教育学・心理学等の科目もある。マイスターは専門的な知識を持ち、実務にたけているだけでなく、次世代の人材を育てる役目も負っており、そのために必要な知識も習得せねばならないのである。学年末には約一カ月間にわたって、学校と手工業会議所による筆記、実技、口頭試問の厳しい試験を受けた。

 ドイツにおける職業教育は、職業学校とマイスターが共同してあたる仕組みになっている。また、学校でのコース選択の機会が複数回あり、やり直しもできるようにもなっている。ただその結果、教育期間が長くなりがちで国や自治体、企業の負担が大きくなったり、若い人がなかなか職業につかず企業の活力が低下する、といった弊害もあると聞く。

 一方、日本の場合、職業高校や高専、専門学校等があるが、実務のかなりの部分は会社や事業所での社内教育によっている。ドイツと日本、どちらの仕組みにも長短があり、一概に優劣を判定することは難しい。しかし、いまの日本にはフリーターやニートといった若い人たちの就業問題がある。また、モノづくり技術を基盤にした製造業の競争力の先行きも懸念されている。職業教育について、いま一度見直してみる必要があると思う。

 ちなみに、バッカーバウアー先生は訓練生として働いた後、大学に進み、会社での実務経験を経て教授になった経歴の持ち主である。






(上毛新聞 2006年11月20日掲載)