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臨床心理士 服部 哲久さん(太田市高林東町)

【略歴】埼玉大学教育学研究科修了。現在は阿部真里子臨床心理オフィス勤務、埼玉県スクールカウンセラー、日本大学学生相談センターカウンセラーを務める。

子供の現実体験

◎課題を気長に根気強く

 一九六〇年代半ばごろから子供の成育体験は年々変わってきていて、より豊かで便利な生活環境へと変化することにより「不足・欠乏体験」が少なくなり、テレビゲームなどのバーチャルリアリティー体験の増加により「現実体験」が少なくなってきているように感じています。また、これらのことが背景となり、「現実的問題の解決に取り組む体験」が少なくなっているようにも感じます。

 このような成育体験の変化が子供の心理的成長や人格形成に及ぼす影響として、「トレランス(耐性)の未成熟」「現実感覚の希薄さ」「現実的問題を解決する力の未発達」といった心の問題が生じる可能性があります。この問題により、ささいな刺激でいやと思い、ストレス反応が生じたり、適切な現実対処ができず不適応行動が生じる傾向が高くなると考えています。

 こういった心の問題に対し、河野心理教育研究所の河野良和所長は「療養とリハビリ(現実性獲得訓練)」というアプローチを提唱しています。このアプローチは、まず療養をしっかりとることで心身のコンディションの回復を目指します。これにより、気持ちや機嫌の安定・ストレスによる心身疲労の回復・やる気の向上などが見られるようになってきます。

 次に、回復に応じてリハビリを行っていきます。リハビリというのは無理のない範囲で現実課題への取り組み体験を積み重ねていくことで、トレランスを育成し、現実性を獲得する効果をねらっています。現実課題には、お手伝い・運動・勉強などを利用します。特にお手伝い課題が効果的だと思います。また、食べ終わった食器を流しに持っていったり、散らかしたものを片付けるなど、自分のことができるようになるという課題も利用できます。

 このリハビリのこつは「ちょっとだけいやな程度の課題」を設定することです。心の問題はあせって一気に解決しようとすると、過度な無理をさせてしまい、かえって逆効果になってしまうことがしばしばあります。すなわち、過剰な無理はしない・させない方がよいが、適度な無理は効果的というわけです。

 ただ、そのさじ加減が非常に難しいのでSUD(SubjectiveUnitsofDistress)を利用します。これは主観的なストレスの度合い・物差しのことで、ある現実課題に対してどのくらいストレスになっているかを、0(全くストレスではない・いやじゃない)―10(最高にストレス・最もいや)までの数字で本人に答えてもらいます。そして、このSUDが3程度の課題が最もリハビリ効果が高く、この数値が高くなればなるほど、逆効果になる危険性が高くなるので注意が必要です。

 この物差しは本人の主観的なものなので、周りの人がこのくらいはできるだろうと一方的に強制することを少なくすることができます。本人の気持ちやペース、その日その時の本人のコンディションを大事にして、気長に根気強く現実体験を積み重ねていけるようサポートすることで、子供はたくましく成長していきます。






(上毛新聞 2006年11月7日掲載)