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◎試みの一つ一つが礎に 言葉が通じない国で病気やけがをしたとき、日本語通訳を探せなかったらどうなるのだろうか。何とか病院にたどり着いたとしても、受付での手続きや症状の説明にかなり苦労をすることになるだろう。そういう不安を日本で抱えて、暮らしている人々がいる。日本語を母語としない外国籍住民である。 このことにあらためて気付かされたのは、ある託児所で起こった悲しい事故だった。その託児所は、外国人経営者による、いわゆる出稼ぎ労働者の乳幼児を対象とする託児所だった。明るく面倒見のよい保育が評判になり、国籍も言語も多様な乳幼児が預けられていた。 ある日のこと、朝は元気だった乳児が急にぐったりとした。異変に気付いた保育者は、速やかに病院に搬送したものの、すでに乳児は息絶えていた。その託児所には日本語が分かる保育者がいなかった。到着した病院の医師や看護師を前に、伝わらない母語で保育者は泣き叫び続けた。 乳児の両親が病院に到着したのは、その何時間も後のこと。両親もまた、日本語がほとんど通じなかった。市から連絡を受けて現場に駆けつけた日本語通訳が、私に電話でその時の様子を泣きながら話してくれた。私も涙が止まらなかった。幼い娘を持つ親として、やりきれない思いがした。 こうした不幸な出来事をなくすには、どうすればいいのか。外国籍住民が日本語を話せるようになる。医療通訳を養成し派遣するシステムをつくる。これらは確かに重要なことだが、実現には時間がかかる。今すぐ解決できる方法はないものか。 たまたま銀行でお金を引き出した時、ATM(現金自動預払機)の前で「これだ!」と思った。タッチパネルに触れながら引き下ろし・預け入れ・送金ができる。それならば、母語で受付と問診票の質問に答えれば、その回答を日本語に翻訳して印刷することもできるはずだ。「頭がズキズキする」「顔がほてる」など微妙な表現も既往歴も伝えられる。 さっそく、群馬大学附属病院総合診療部の医師・看護師・病院外来受付担当者・自治体の外国人窓口担当者・プログラマーによるチームを編成した。外国籍住民の話を聞き、みんなでアイデアを交換しながら、「目で見て伝える」医療サポートプログラムを開発した。現在、群馬大学附属病院の総合案内の横にある受付機がその成果物である。この受付機をより多くの患者さんに利用してもらう検討も始めた。 多言語・多民族化した社会では、今すぐ解決しなくてはならない課題が次々と現れる。しかし、その課題の解決は、外国籍住民だけに役立つものとはならない。前述した医療サポートプログラムについて、病院の受付担当者は「聞くこと・話すことが不自由な皆さんにも使っていただけますね」とコメントした。ある人たちの不自由さをみんなの不自由さと考え、誰にとってもより健全な環境づくりを目指す。その試みの一つ一つが、多文化共生社会の礎となるのではないだろうか。 (上毛新聞 2006年8月28日掲載) |