視点 オピニオン21
 ■raijinトップ ■上毛新聞ニュース 
臨床心理士 服部 哲久さん(太田市高林東町)

【略歴】埼玉大学教育学研究科修了。現在は阿部真里子臨床心理オフィス勤務、埼玉県スクールカウンセラー、日本大学学生相談センターカウンセラーを務める。

現実と非現実

◎区別する力を育てたい

 「遊び体験」は子供の人格形成に大きな影響を与えていて、心理的成長につながると同時に、心の問題の一因にもなりうると考えています。子供の遊び体験は年々変化しているように感じています。特にゲーム・インターネットなどのバーチャルリアリティー(仮想現実感)体験の増加は顕著な変化の一つではないでしょうか。

 一九八〇年代に入って家庭用ゲーム機が誕生し、その後、急速に普及してきました。家の中でゲームをして遊ぶ時間が増えたといえます。ゲーム体験というのは、例えばロールプレイングゲームの場合、主人公がゲームの世界の中でさまざまな体験を積み重ねていくゲームですが、ゲームをやっている人のみに注目すると、画面を見てコントローラーを操作しているといった、身体的にはあまり活動的ではない体験といえるでしょう。

 また、リセットすれば生まれ変わる、簡単にやり直せるといった発想は、ゲーム体験の影響も大きいと思われます。一概には言えませんが、昨今の世間を驚かせるような短絡的な犯罪と「ゲーム感覚」は無関係ではないと思われます。

 ゲームの普及から若干遅れて、インターネット・携帯電話の普及が急速に進みました。これによりコミュニケーションにも変化が生じているように感じます。例えば、メールというのは非常に便利なコミュニケーションの道具だと思いますが、そこでやり取りされるのは基本的に文字情報のみで、相手の表情、声のトーンなどの非言語的な情報が欠けているため、誤解やトラブルが生じやすいように思われます。また、ネットの掲示板等への匿名の書き込みは、直接面と向かうと言いにくいことも言えてしまうような、独特なコミュニケーションが交わされます。

 このようにバーチャルリアリティー体験が増加する一方で、自然や人などの現実対象にしっかりとかかわる機会が少なくなってきているように感じます。子供は遊び体験を通じて、ルールを守るなどの現実感覚が育ったり、対人関係上の問題を解決する力が育っていきますが、バーチャルリアリティー体験の増加により、現実認識がゆがんだり、現実感覚が希薄になる可能性があると考えています。

 ただ、ここで注意してほしいのは、単純にゲームやインターネットなどのバーチャル体験が悪いということを言っているのではないということです。今の子供にとって、ゲームは友達関係の大事な媒介の一つになっていたり、メールは大切なコミュニケーションのツールとなっているのが現状です。

 そこで、バーチャル体験だけしかしていない、それだけだとどうか、という問題が残ると考えています。外で身体を動かして遊んだり、お手伝いをするなど、現実と非現実をしっかりと区別する力が育つように、リアリティー体験をバランスよく積んでいくことが、子供が成長していく上で大事だと考えています。






(上毛新聞 2006年8月26日掲載)