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◎未来に希望をつなぐ 「…あたしのしたことについては、決して取り消しません…みなさん、この言葉を聞きましたか、この連中は捕まえられるたびに、火あぶり台や断頭台の上で、拷問部屋の奥で、こう言うのです。これから先まだ何世紀ものあいだ、同じ厚かましさで言い続けるでしょう。いつの日か、われわれが何らかの形でより強くなろうとも、神の理想がいかに重く人びとをおしつけようとも、また教会の組織や取り締まりがいかに強固で、的確で、抜かりないものになろうとも、そこから逃げ出す人間、狩り立てねばならない人間はつねにどこかにいるのです。(中略)だからこそ、わたしはジャンヌを破門すること、彼女を教会から追放し、世俗の手に引き渡すことを要求いたします」 ジャンヌダルクの宗教裁判を描いた、ジャン・アヌイの『ひばり』という劇で、異端裁判所の大審問官がジャンヌダルクに向かって言う台詞(せりふ)です。 ジャンヌダルクは十四―十五世紀にかけてイギリスとフランスが戦った百年戦争末期に彗星(すいせい)のように現れて、危機にひんしたフランスを救った救国の少女です。十七歳で歴史に登場し、十九歳で火刑に処せられ歴史から消えていきました。ジャンヌは十五歳のころから「神の声」を聞いています。そして、「神の声に従い、フランスを救う」ために軍隊を預かり、イギリスを打ち破り、フランス国土の大半を取り戻したのです。 冒頭の台詞で大審問官が裁いているのは、まさにその「神の声」を聞いたと称することの異端性です。教会を差し置いて神と直接取引をすることにより、神の秩序を乱す異端性なのです。教会制度を侵犯する者を許していては秩序は保てません。破門と処刑が要求されます。この劇では個人と制度の対立が描かれています。対等な道徳的価値を持ちながら対立する悲劇性が描かれています。 ところで、私たちは今日、宗教戦争の真っただ中に生きていると言っても過言ではありません。自爆テロや暗殺のニュースを目にしない日はありません。二〇〇一年九月十一日の米中枢同時テロを持ち出すまでもなく、今日では誰でも、宗教と政治の緊張した関係の中に生きていることを実感しているはずです。政治は富の配分をめぐるパワーゲームと考えていた私たちは、宗教の信じ難い政治的エネルギーを見せつけられているのです。 しかし、宗教の対立による戦争は、ずっと以前から続いてきたわけで、政教分離という工夫を編み出した今日でも、簡単に解決できる問題ではありません。宗教同士の対立を止揚する上位の規範や、超克する哲学の出現を待つより道がなさそうです。 ジャンヌダルクは処刑された後、二十五年後に名誉を回復しました。そして、神話的存在となって人々の心の中に生き続けました。その後、五百年近くたった一九二〇年、ついに聖女の称号を得ました。聖女とは、苦しむ人の祈りにこたえて奇跡を起こすと信じられている存在です。異端者として火刑台で死んだジャンヌの生と死と復活の「神秘」を思うとき、超宗教的な聖性にポジティブに共鳴することも、未来に希望をつなぐ近道なのではないかと感じます。 (上毛新聞 2006年8月18日掲載) |