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◎「信」を示す勇気が大切 最近、世の中は混沌(こんとん)の感がある。わが国は今後、どんな道を目指していったらよいのだろうか。これに関して以前、日本の目指す方向として「富国有徳」を国家目標のキーワードにした人がいる。故小渕恵三元首相である。平成十一年の年頭施政方針演説で、次のように述べている。 「内閣をお預かりして以来、私はことあるごとに『富国有徳』ということを申し上げてまいりました。健全な資本主義は利潤追求だけでは維持できません。それはドイツの社会学者マックス・ウェーバーをはじめ、世界の哲人が主張しているところであります。『徳』すなわち『高い志』を持った国家でなければ、豊かな国であり続けることは不可能で、何よりも世界から信頼されなくなるわけであります。『他人にやさしく、美しきものを美しいと、ごく自然に感じ取ることのできる社会』『隣人がやさしく触れ合う社会』…が必要だと考えます」 この「富国有徳」という言葉は、経済史家・文明史家として知られる川勝平太氏の造語だそうで、氏の『富国有徳論』という著書も中公文庫から出版されている。 ところで最近、利益追求を優先し、「信」を失った会社やリーダーが何と多いことだろう。「信」とは、言行にうそ偽りのない誠のこと。リーダーは一般に優秀な人が多いと思うが、倫理観よりも自己の利益を追求し、「信」を失い、第一線から退く人が後を絶たない。本当の意味での「会社の利益」を考えているのだろうか。企業以外の世界も同じである。 人間はどうしても自己の利益に弱い。心の中で常に「信」を大事にし、自己の利益本位にならないよう努力してこそ、そのバランスが保てるような気がする。「信」を大切にすることによって人格も上がる。論語でも言う、「利に放(よ)りて行えば怨(うら)み多し」と。利益を判断基準としたら一時的なもうけはできても、人間として恥ずべきことや人の恨みを買ってしまう心配がある。目先の利益よりも大局的、長期的な判断がより重要である。 また「信」は、一般社会の人間関係やビジネス、国際関係においても大切な基本である。その第一歩は「小さな約束を守る」こと。「信」とは、人が口から出す言葉と書く。言葉を発した途端、自分の発言でないような風潮があるが、残念だ。「自己の発言に責任をもつこと」を教え、学ぶ場が少なくなったように思う。これからの組織や組織人は、行動において「信」を示す勇気を大切にしたい。目に見える行動は、必ずよい影響をもたらすだろう。 また、組織のステークホールダー(利害関係者)に対する義務、責任、使命を常に認識していきたい。最近の経済事件は社会の夢をつぶし、世の中に対する不信感を生む原因にもなる。欧米に「ノーブレス・オブリージュ」という語がある。身分の高い者は、それに応じて果たさねばならぬ社会的責任と義務がある、という欧米社会における基本的な道徳観だ。いつの世も廉直に凛(りん)として、しかも心温かい生き方をしている人がいる。冒頭の演説を今こそ、もう一度真剣にかみしめてみることも意味があると思う。 (上毛新聞 2006年7月23日掲載) |