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◎活用して「ゆとり」を 「目には青葉 山郭公(ほととぎす) 初鰹(はつがつお)」。これは、江戸時代中ごろの俳人、山口素堂の作品で、初夏のすがすがしさを表現したものだ。よほど無粋な人でも、知らない人はいないだろう。この句は、人間の五つの感覚のうち「青葉、ほととぎす、鰹」で「視覚、聴覚、味覚」の三つの感覚の心地よさを表現している。さらに、行間で青葉を抜ける風の香り、日差しの肌触りを連想させ、残りの「嗅覚(きゅうかく)、触覚」をも含めた「五感」すべてに心地よさを与えているように感じてしまうのは、小生のみであろうか。 今回は、この句を題材に、マルチメディアについて考えてみることにしたい。 近年、スローライフ、スローフードなど「スロー」を冠につけた単語をよく耳にする。この「スロー」という言葉は、「ファスト」の反対語として使われているようだが、これらの使い方の場合、「遅い」というよりは「ゆったり」あるいは「のんびり」のニュアンスが強いように思われる。 つまり、「忙しく」あるいは「慌ただしく」活動していると気付かずに過ぎてしまうものを、素堂のように「五感」で感じることのできる「ゆとり」、これが「スロー」なのだ。いつも慌ただしく生活する現代人にとって「スロー」は、まさにあこがれなのである。 一方、IT(情報技術)やマルチメディアは、「利便性」を追い求めた結果、生まれた「ファスト」な機器だ。可能な限り無駄を省き、時間や空間の短縮を図る「スロー」とは対極にあるものだ。しかし、この「ファスト」な機器も、まぎれもなく人々のあこがれの所産なのである。などというと、「ファスト」を追い求めた結果に対する反省として「スロー」に回帰しているのだと、しかられてしまう。 さらに、これからの時代は可能な限り「ファスト」をやめて生活のすべてを「スロー化」することが望ましい。ITやマルチメディアなど排除してしまえと主張されてしまうこともある。 それでは、現代人は本当に「スロー」のみの生活にあこがれているのだろうか。電気・水道・ガス・石油のない山奥で花鳥風月を愛めでながら生活したいと思っているのだろうか。なかには、そう思っている人もいるかもしれない。しかし、大半の人々はそうではあるまい。虫に刺されるのはいやだ、温水シャワーを浴びられないのはいやだと、「スロー」な生活に付随する不便さを嫌うのである。 現代人は風呂、トイレ、キッチンなど利便性に富んだ設備や機器に守られた上での「スロー」を求めているのだ。だとすれば、ITやマルチメディアを排除することより、これらを活用して省ける時間を省いて「ゆとり」の時間を生み出すことの方が、「スロー」な生活を実現することに近づくのではあるまいか。皆さんもマルチメディアを活用して「スロー」な生活を目指してみてはいかがだろう。 (上毛新聞 2006年5月19日掲載) |