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◎行政と市民の協力で 生きていれば、いろんなことがある。それでもなんでも春は来る。それっ来たぞっ! と思うのが、高崎映画祭のリーフレットだ。今年もポスター・前売り券付きのセットが届いた。 「おっ、春ですねえ。今年は何を見ようか」。友人たちとおしゃべりが始まる。 運営委員会が続けてくれて、今年で二十年。こちらも前橋から高崎へ電車を乗り間違え、ときには乗り越しつつ、二十年である。ボランティアの運営スタッフが行政、市民の協力を得て続いている映画祭だ。 そのおかげで私たちは、いろんな映画を見ることができる。大資本を投入し、それが回収できるように製作され、宣伝される映画作品。あるいは、そういう映画を上映し続けなければ成立しない映画館が選ぶ作品とは異なる作品を地元で、そして暗闇のスクリーンで見られるのだ。 いわば大企業の大工場で作られ、チェーン店や大店舗に並べられる以外のおいしい物、知らない土地の家庭料理や外国の宮廷および屋台料理にありつけるようなものだ。 この映画祭からは、そんな個性的な作品を上映する映画館「シネマテークたかさき」も生まれた。 地方都市において経済効率という自然淘汰(とうた)に任せていたら、昔ながらの映画館や個性的な映画館は成立しない。淘汰されるものは、されても良いという意見もあるだろう。大勢の人に支持されなくなった芸能がお上のご慈悲や、ひいき筋のご尽力で生き延びたとて何の芸能の面目があろう! ともいえる。 「だけど」と、あるニュースを見て思った。 昨年、高崎映画祭で話題になり今年も上映される韓国映画『オールドボーイ』の主演チェ・ミンシクが一人でデモをしていた。玉冠文化勲章まで返還したという。韓国では自国映画の上映日数が決められているらしい。その日数の縮小に映画人が反対しているという。 来日した彼の記者会見によれば「アメリカが縮小するよう圧力をかけているのです。現在、世界の映画市場の80%をアメリカが支配している」そうだ。 大資本で作られ、巨大なパイプで一気に世界中へ送り出される作品は、当然ながら自然淘汰では強いぞ。どんなに映画館が増えても、あるいはスクリーン数の多い映画館ができても、そこで上映されるのは同じ作品、どこを切っても金太郎飴あめの映画館になってしまう。 映像が動くという映画をもたらしたのは文明だが、映画作品は簡単に移植できない文化だ。国際的評価を高めた韓国映画の隆盛は、上映日数を定めるなど文化を守る行政の後押しがあってのことだったのだ。 撤退した映画館を前橋市が取得する計画があると聞く。公設民営という形で行政と市民が協力できたらいいな。せっかく生きていくのなら、おいしい物や面白いものごとは、いろいろあった方がいいに決まっている。 (上毛新聞 2006年4月2日掲載) |