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◎求めたい安全への切符 これは、スイミングスクールの帰りのものだろうか、角の折れた切符。父親が、出張からお土産に持って帰ってくれた切符。箱いっぱいの切符が、健ちゃんの机の引き出しにある。今のように自動改札ではなかった二十一年前の切符。 「チンチンチン…」。踏切に差しかかった時、母のねんねこの背から子が指さし、キラキラした瞳で電車を見ている。春風のにおいを残して、電車は走り過ぎていった。九歳で逝った息子も乗り物が大好きだった。電車の図鑑がぼろぼろのまま、箱いっぱいの切符と一緒に手元にある。私が二十一年間、宝物にしていたもの。 公共輸送機関の事故が続く。「安全と安心」を何よりも誰もが求めているのに…。昨年三月、東武伊勢崎線の手動式踏切で四人が死傷した事故で今年二月、元保安員に実刑の判決が言い渡された。この踏切は手動式の遮断機があった。次の通過まで時間的余裕があると思い込み、それを上げたため、踏切内で事故が起きた。遺族はこう話す。「母は、もう帰ってこない。事故が二度と起こらないようにするのが、私たちの願い」と。どうして、一人の保安員の責任だけにしてしまうのだろうか。そして、遺族の、なぜ事故を防げなかったの? という問いに、どこも答えが出せない。そんなもどかしさ、無念さを共に思う。 JR西日本・尼崎線事故の徹底した原因の解明と事故調査機関の役割をテーマにしたシンポジウムが昨年十月、大阪であった。尼崎線、信楽鉄道、中華航空、明石歩道橋の各事故、そして日航ジャンボ機墜落事故の遺族が発言した。 それぞれの遺族は、納得できるような広い視野に立った事故調査の必要性を指摘した。その中で強調されたことは、東武線踏切事故の遺族が願っていることと重なった。「原因を究明したい」「会社が再発防止策を早く講じてほしい」「個人の責任だけでなく、会社や行政の責任を問いたい」「失敗から、できるだけ多くを学んでほしい」だった。 刑事責任と原因究明の在り方については、日航ジャンボ機墜落事故が不起訴となり、法制度の不備を「8・12連絡会」ではずっと訴え続けている。しかし、安全を確立するためのシステムづくりは進んでいない。刑事責任と原因究明が、お互い妨げ合うことなく、再発防止のための方策を一つでも多く生み出すためには、新しいシステムが必要だ、と私はシンポジウムでも訴えた。 この日は、いろいろな事故で悲しみを抱え歩いてきた人々が、新たな悲しみを背負ってしまった方々と輪をつくり、語り合った。「喜びが集まったよりも悲しみが集まった方がしあわせに近いような気がする」という星野富弘さんの詩にこころ癒やされ、日航機事故の遺族仲間と歩み始めた二十年前の日がそこにあった。 私は、涙の色は一人一人違うけれど、皆で混ぜると、きれいな色になることを知った日航機事故の遺族の二十年間の日々を伝えながら、亡き子の残した箱いっぱいの切符を「安全への切符」にしたいと願っていた。 (上毛新聞 2006年3月17日掲載) |