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県立女子大学長 富岡 賢治さん(東京都中野区)

【略歴】高崎市出身。東大卒。文部省初等中等教育局審議官、生涯学習局長、国立教育研究所長を歴任。03年1月から現職。青少年野外教育財団会長なども務める。

キレる子供たち


◎友達できる場に誘導を

 最近は、すぐキレる大人や子供が多い。毎日の生活でよほど不満がたまっているのか、一言注意したり、肩が触れたくらいで、相手をナイフで刺したり、金属バットで殴りかかってくる。今の日本は、被害者の方は命を落とし、その家族は一生苦しむのに、加害者はそれほど長くなく社会にまた出てくるという、いわば殺され損の社会だ。

 私は数年前、国立教育研究所長をしていた時、なぜ人はキレるようになるのか、子供を対象に研究グループをつくり、二年間をかけて研究調査したことがある。普通の子供が突然、ささいなきっかけで金属バットを持ち出して親に殴りかかるのがキレるという現象のように言われているが、そんなはずはない。何か長い因果関係や要因が積み重なる生育歴があるはずだ、というのが私の問題意識であった。

 キレる子供を持つ親やそういう子供を献身的にケアする方々などさまざまな個人や機関の協力を得て、六百五十人の子供たちのキレる状態に至るまでの生育歴を分析した。キレる子供本人へのヒヤリングも試みたが、うまくいかないことが分かった。キレた時は、頭の中や目の前が真っ白になってしまい、聞き取りをしても後からの本人の言い訳になり、真実とは思えなかったことも多く、親や先生やその子のケアをしている方々の周辺からの調査を主体にした。

 なかなか苦労のいる研究であった。キレる子を前に苦しんでいる親に直接会えない時は、電話で話を聞いた。ある母親の「もう、この子と無理心中したい。でもその前に、私が苦しんでいるのにいつも逃げ回っている夫を刺してからにする」というような話を根気よく聞き取る方法であった。若い女性の研究補助者は、毎日そのような電話に応対していたので、もう研究から降りたいというようになったほどであった。

 この研究成果から病的なケースを除いてキレる子供の生育歴に特徴があることが分かった。二点だけ紹介しよう。

 第一は、キレる子供は暗い家庭環境の中で育つ例が大変多く見られたことであった。典型的な例は夫婦仲の悪さだ。互いにいがみ合い、ののしり合い、時には暴力をふるったりする親の下で長い間育つと、子供にキレる要因がはぐくまれるのだ。夫婦仲だけではない。大家族の嫁としゅうとの間、父と長男間とか兄弟仲が悪いとか、要するに家庭内緊張関係のある雰囲気で育つことがキレる要因になる。明るい和気あいあいとした家庭が一番なのだ。

 第二は、キレる子供は友達がいない生育歴を共通に持っていることであった。友達がいないとキレる要因が増えるのか。キレるから友達が遠ざかるのか、恐らく両方なのだろう。勉強やスポーツや地域の活動で友達と切せっ磋さ琢たく磨ましたり、一緒に汗を流したりする経験を持たない子供は、ささいなことでキレる要因がはぐくまれるのだ。子供にとって友達の存在は極めて大きい。

 夫婦仲の悪い夫婦に仲良くしろといっても、また、友達のいない子に友達をつくれと言っても、できるわけではない。親から一度離したり、友達が自然とできるような活動と場に上手に誘導していくのが一番よい。

(上毛新聞 2006年2月27日掲載)