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俳人・古本屋経営 水野 真由美さん(前橋市千代田町)

【略歴】和光大卒。80年前橋市三俣町に古本屋・山猫館書房を開く。句集「陸封譚」で第6回中新田俳句大賞受賞。俳句誌「鬣(たてがみ)TATEGAMI」編集人。

未知と出会う


◎精進と鍛錬が必要かも

 人が何だかよく分からない事や物に出会ったときの驚く姿勢には、二種類あるという。

 一つは、よく分からない怖さで思わず体を後に引く姿勢。もう一つは「えっ、何だろう?」と身を乗り出して驚く姿勢だというのだ。誰かに聞いた話なのか、何かで読んだのかは忘れてしまったが、「いつも身を乗り出して驚いていられたらいいなあ」とあこがれたことだけは覚えている。

 そのせいか見慣れぬ事物に驚くと、つい近付きたくなる。「見る、かぐ、なめる」の三点セットだ。ときには、かじることもある。この習性のおかげで変わった乾物、せっけん、消しゴム、葉っぱ、虫などいろんな物の味を知った。

 出会うというのは、そういう事かもしれない。

 高校時代、美術館のある絵の前で「画集よりも、ずっと大きく見える。目に入りきらないみたい」とつぶやいた。すると隣にいた父親が「何でそう見えるのか、もっとよく見てごらん」と言った。

 「よっしゃ」と画面全部が見える所まで走ったり、隅々の色の重なりを見るためガラスに顔を近付けたりした。やがてその絵には、歩いて中に入っていけるような奥行きがあると気付いた。それは同時に、こういう絵が好きな自分に気付いたということでもある。きっと身を乗り出して驚いたのだろう。ただし、なめてはいません。

 古本屋だって、分からないものに驚いて身を乗り出す稼業だ。日本で紙が使われて以来の写本や本、資料の全体量を思えば、クラクラする。その世界のほんの端っこを生きているだけでも、分からないものだらけである。

 俳句もまた、当然ながら事や物や言葉に驚いて身を乗り出してゆく仕事といえる。

 薔薇(ばら)よりも淋(さみ)しき色にマッチの焔ほのお 金子兜太

 この句に出会ったとき、「薔薇」「淋しき」「マッチの焔」の単語の組み合わせに引かれた。「淋しき色にマッチの焔」が、どうしたのかは俳句の表現方法として省略され、読み手に委ねられている。

 私は「淋しき色に」燃えていると感じ、裏通りでたばこに火を付けている男を想像し、古いヨーロッパ映画のにおいをかいだ。だが、その感想は、俳句という十七音の中の三音「よりも」を読み落としていた結果にしかすぎない。

 それに気付いたのは、俳句に対しても独自の目利きであった歌人、塚本邦雄の評論を読んだ時だ。彼は「よりも」一語の働きが薔薇は淋しい色であるという非日常の発見、すなわち詩を成立させ、同時に薔薇の豪奢(ごうしゃ)が「焔」に響いていると指摘していた。揚げ句は懐かしく、しゃれた作品ではなく、薔薇の色を淋しいと感受する暗い内面を抱えた分厚い作品だったのだ。

 どうやら身を乗り出して驚き、未知の世界、未知の自分に出会うためには蛮勇のみならず、技の精進と力の鍛錬が必要らしい。

(上毛新聞 2005年11月29日掲載)