視点 オピニオン21
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県教育委員会文化財主監 右島 和夫さん(伊勢崎市境女塚)

【略歴】群大教育学部卒、関西大大学院修士課程修了。県教委文化財保護課、県立歴史博物館、県埋蔵文化財調査事業団調査研究部長を経て、今年4月から現職。

捨てたもんじゃない


◎「お互いさま」の社会に

 私の場合、文化財関係に身を置く立場だから、この「視点」における発言も広義の文化財を通してのメッセージとしてきた。今回は、このスタンスから少し離れるが、先月、私の身の上に起こったちょっとした出来事について、ぜひ皆さんにお伝えしたい。

 それは日曜日のことだった。前橋市の上泉町付近を車で走っていた。お昼時だったので、食事をしようと近くのそば屋に立ち寄ろうとした。市道から駐車場に入ろうとして、ふっと脇見するでもなくハンドルを切ると、ドンという音とともに縁石に乗り上げてしまった。慌てて車から降りて様子を見たところ、手足が宙ぶらりんの亀みたいな状態。雨は降っているし、「どうしよう、どうしよう」と途方に暮れていた。

 そこへ、通りすがりの若者が停車した。「うちは材木屋なので、タイヤの下にかう材木を持ってきてやる。そうすれば多分、出られるのでは」と言って足早に去った。しばらくすると、今度は軽トラックに乗った中年男性が車を止めた。「もう、誰か呼んだのかい? 俺もここで縁石に乗り上げて苦労したことがあるよ。でっかいジャッキがあるといいんだけど」と辺りを見回し、「そこの中古車店にあるかもしれないから行ってんべえ」と言う。その男性に付いて行くと、店には若者がいた。

 「大きいジャッキがあったら貸してくれる?」。若者は二つ返事で「ああいいですよ。どうぞ、どうぞ」。

 そこで、ジャッキをゴロゴロと車のところまで引っ張っていった。そこに、そば屋のだんなも、忙しい書き入れ時というのに出てきて、脱出させるのを手伝ってくれた。まずジャッキで車を縁石から浮くぐらいまで上げていき、タイヤの下にそば屋のだんなが持ってきてくれたブロックを何個もかった。それから静かに車を降ろしていく。そこで私が、そろり、そろり車に乗ってエンジンをかけた。二人がタイヤの具合を見ながら「オーライ、オーライ」と誘導し、無事縁石から脱出することができた。

 「ありがとうございました。助かりました」と何度も二人に伝えると、「お互いさま、お互いさま」と言いながら去って行った。中古車屋にジャッキを返しに行き、お礼を言うと、「どういたしまして、出られましたか。そりゃあ、よかったですね」との返事。

 そこへ、さっきの材木屋の若者が、軽トラックに材木を積んで到着。「お騒がせしましたけど、あの後、通りすがりのおじさんが手伝ってくれて、無事抜けられました。本当にありがとうございました」と言うと、「それは、よかったですね。それじゃぁ」と帰って行った。大変な出来事だったのに、なぜか、すがすがしい。そして幸福感に満ちた気分が残った。

 最近、世間は空虚で、せち辛くなったものだと嘆いたり、ため息をついたりの連続だったが、この小さな事件に遭遇し、「まだ、まだ世の中、捨てたもんじゃない」とほっとした。今度は、私の方から、さりげなく「お互いさま、お互いさま」と言えるようにしたい。

(上毛新聞 2005年11月4日掲載)