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◎先祖帰りしたおとぎ話 東京・歌舞伎座の「七月大歌舞伎」は、何とシェークスピアの『十二夜』だった。一カ月通しで四十三回上演という本格版だ。芝居好きの学生二人と観劇したが、シェークスピアと歌舞伎という「異文化融合」の面白さを堪能した。舞台は、正面と側面の壁がすべて鏡になっている。観客席の全体が舞台の向こう側に映し出される。花道や客席の赤い提灯(ちょうちん)が浮かび上がり、役者の後ろ姿も映るので、とても幻想的で美しい。 歌舞伎とシェークスピアは、実は相性が良い。シェークスピアの日本初演は明治十八年。『ベニスの商人』が『何桜彼桜銭世中(さくらどきぜにのよのなか)』と題して、歌舞伎風に上演された。シェークスピア作品には、歌舞伎とテーマが似ている作品が幾つもある。例えば『ベニスの商人』は「大岡裁き」、『ロミオとジュリエット』は「心中もの」、『ハムレット』は「あだ討ちもの」という具合である。 ところが『十二夜』は、少し勝手が違う。「ロマンチック・コメディー」という重要なジャンルを生み出した名作だが、日本には類似の文芸ジャンルが存在しなかった。日本語訳も他のシェークスピア作品に比べて遅かった。『十二夜』は、うり二つの双子の兄と妹が繰り広げる恋愛喜劇で、妹が男装して少年に化けたところ、別のお姫さまが男と勘違いして彼女に熱烈な恋をする。そこへうり二つの兄が現れるが、それをまた妹である少年と勘違いしたお姫さまは、彼と結婚してハッピーというおとぎ話。 要するに、少女漫画風の物語なのだ。若い女性が男装する「トランス・ジェンダー」物語はシェークスピアに幾つもあり、モーツァルトのオペラ『フィガロの結婚』などに受け継がれている。日本で『十二夜』と様式が近いのは、宝塚歌劇であろう。 さて、それを歌舞伎でやれば、どうなるか。双子の妹ヴァイオラは「琵琶姫」、彼女に恋をするお姫さまオリヴィアは「織笛姫」と、名前も和風だ。琵琶姫と、彼女の双子の兄セバスチャン(和風名「斯波主膳之助(しばしゅぜんのすけ)」)の二役を演じるのが、二十七歳の尾上菊之助。女形と男役が目まぐるしく切り替わって、息をのむような美しさだ。 もともとシェークスピア劇では女優が禁じられていたので、少年俳優が女性を演じた。現代の上演では女優が演じるので、この菊之助の琵琶姫は、シェークスピア劇に先祖帰りしたともいえる。 歌舞伎の女形は芸が深く、ある意味では「うますぎる」ので、女性を演じると「しっとりした大人の女」になりがちだ。原作では、オリヴィア姫はすぐ舞い上がってしまうピチピチした少女というキャラなのだが、中村時蔵の演じる織笛姫は、貫禄たっぷりの「お妃(きさき)さま」という感じになった。 『十二夜』は少女歌劇風のおとぎ話なのに、その科白(せりふ)の詩的な美しさはシェークスピア劇中随一といわれる。今回、歌舞伎用の脚本は七回も書き直されたそうだ。ともに四百年の歴史をもつ歌舞伎とシェークスピアの交流は、本当に素晴らしい。 (上毛新聞 2005年9月10日掲載) |